
大阪の中小製造業が「ものづくり人材」を確保するための採用の考え方
目次
大阪の中小製造業が「ものづくり人材」を確保するための採用の考え方
「うちみたいな町工場に、若い子なんか来えへんわ」——大阪の製造業を訪問すると、こんな言葉を何度も耳にします。
東大阪、八尾、堺、門真。大阪には日本のものづくりを支える中小製造業が密集しています。ネジ一本から精密部品まで、世界に誇る技術を持つ企業が数多くある。しかし、その技術力と採用力の間には大きなギャップがあります。私はこれまで500社以上の企業で人事に関わってきましたが、大阪の製造業が抱える採用課題は、単なる「人手不足」ではありません。「ものづくり人材をどう見つけ、どう惹きつけ、どう育てるか」という、経営そのものに関わる問いです。
この記事では、大阪の中小製造業が「ものづくり人材」を確保するために、どんな視点を持ち、どんな打ち手を考えればよいのかを、一緒に考えてみたいと思います。
なぜ大阪の製造業で採用が難しくなっているのか
大阪の中小製造業が採用に苦戦する背景には、いくつかの構造的要因があります。
まず、製造業そのものに対するイメージの問題があります。「3K(きつい、汚い、危険)」という古いイメージが未だに根強く、若い世代が製造業を就職先として積極的に選ばない傾向が続いています。実際には、最先端の設備を導入し、クリーンな環境で精密加工を行っている企業も多いのですが、そうした実態が求職者に伝わっていないケースがほとんどです。
次に、関西特有の産業構造の影響があります。大阪には製造業だけでなく、商社、IT、サービス業、インバウンド関連産業が集積しています。京都・神戸も電車で30分から1時間圏内。つまり、求職者にとっての選択肢が非常に多い。同じ「手に職をつけたい」という志向の若者でも、ITエンジニアやWebデザイナーを選ぶことが増えています。
さらに、大阪の中小製造業特有の課題として、「技術があるのに言語化できない」ということがあります。「うちの技術はすごいんや」と経営者は言う。確かにすごい。でも、それを求職者に伝える言葉になっていない。採用サイトを見ても「精密加工のスペシャリスト」「やりがいのある仕事」といった抽象的な表現が並ぶだけで、何がどうすごいのかが伝わらない。
経営数字で見ると、この問題の深刻さが浮かび上がります。中途採用一人あたりのコストが80万円から150万円程度かかると言われる中、せっかく採用しても1年以内に離職されれば、その投資はほぼ回収できません。製造業の場合、技術習得に最低でも2〜3年かかるケースが多く、早期離職の経営インパクトは他の業種以上に大きいのです。
「ものづくり人材」とは誰のことか——定義から始める
採用に取り組む前に、まず「ものづくり人材」の定義を明確にすることが重要です。
「ものづくり人材が欲しい」と経営者に言われたとき、人事担当者は何を思い浮かべるでしょうか。旋盤やフライス盤を操作できる技能工か。CADで図面を描ける設計者か。品質管理の知識を持つ検査担当者か。あるいは、工場全体の生産管理ができるマネジメント層か。
「ものづくり人材」という言葉は便利ですが、曖昧です。曖昧なまま採用活動を始めると、「なんとなく製造業に興味がある人」を広く集めようとして、結局ミスマッチが生じるという失敗パターンに陥ります。
私が大阪の製造業を支援するとき、まず最初にやることは「事業計画から逆算した人材要件の整理」です。
今後3年間で事業をどう伸ばしたいのか。売上目標、利益目標、受注計画はどうなっているのか。その計画を実現するために、どの工程で、どんなスキルを持った人材が、何人必要なのか。ここを明確にしないまま「人が足りない」と言っても、打ち手の精度は上がりません。
ある東大阪の精密部品メーカー(従業員約45名)では、この整理を行った結果、「即戦力のベテラン技能工」ではなく「3年後に一人前になれるポテンシャル人材」を採用すべきだという結論に至りました。なぜなら、受注の伸びが見込めるのは3年後以降であり、今すぐ高い技能を持った人材を高コストで採用しても、当面は余剰人員になるからです。
経営数字から逆算して考えることで、「いつ、どんな人材を、いくらのコストで採用するか」の判断が変わる。これは製造業に限らず、あらゆる業種に共通する原則ですが、特に設備投資と人材投資の判断が経営を左右する製造業では、この考え方がより重要になります。
大阪の製造業が持つ「隠れた採用資産」
採用が難しいと感じている大阪の中小製造業にも、実は大きな「採用資産」があります。それを見つけ、言語化し、求職者に届けることが、採用力を高める第一歩です。
技術の希少性という資産
大阪、特に東大阪エリアには、日本でも数社しかできない加工技術を持つ企業が数多くあります。「0.01mmの精度で加工できる」「この素材をこの形に削れるのはうちだけ」——こうした技術の希少性は、「ものづくりに本気で取り組みたい」と考える求職者にとって、非常に大きな魅力です。
問題は、この魅力が採用メッセージとして言語化されていないこと。「精密加工」と書くだけでは伝わりません。「航空機のエンジン部品に使われる耐熱合金を、0.005mmの精度で加工する技術」——ここまで具体化して初めて、求職者の心に響くメッセージになります。
経営者との距離の近さという資産
大企業では、入社後何年たっても社長と話す機会がない社員がほとんどです。しかし、中小製造業では経営者が毎日現場にいて、直接コミュニケーションできる環境が自然にある。
これは「やりがい」として語られがちですが、もっと具体的に言語化できます。「社長が毎朝工場を回り、技術的な相談に直接応じる」「新しい製品の開発方針を社長と若手が一緒に議論する」——こうした日常の風景を採用メッセージに組み込むことで、「大企業では得られない成長環境」として訴求できます。
「メイド・イン・大阪」のブランド力
大阪の製造業は、「商人の街」のイメージが強い大阪において、意外に思われるかもしれませんが、実は世界的にも高い評価を受けています。宇宙開発、医療機器、電子部品——大阪の中小企業が作る部品がなければ動かない製品は数えきれません。
この「社会的インパクト」は、特に若い世代にとって大きな動機づけになります。「自分が作った部品が人工衛星に載っている」——こうした実感を持てる仕事は、大企業の歯車の一つとして働くよりも、はるかに魅力的に映ることがあります。
実践に向けた5つの採用アプローチ
では、大阪の中小製造業が「ものづくり人材」を確保するために、具体的にどんなアプローチが考えられるでしょうか。
1. 工場見学を「採用の入口」にする
製造業の採用において、工場見学は最強の採用ツールです。なぜなら、言葉では伝えきれない「ものづくりの現場の空気」を直接感じてもらえるから。
ただし、「ただ見せるだけ」では効果は限定的です。見学のルートを設計し、「何を見せて、何を感じてもらうか」を意図的に組み立てる。技術のポイントを説明できる社員をガイド役に据える。見学後にフォローアップの連絡をする——こうした「見学体験の設計」が、応募につながるかどうかを分けます。
東大阪のある金属加工会社(従業員約30名)では、月に一度「オープンファクトリー」を開催し、地域の学生や転職検討者に工場を開放する取り組みを始めました。最初は来場者が5名程度でしたが、SNSでの発信を続けるうちに毎回20名以上が訪れるようになり、そこから年間3名の採用につながっています。採用コストとしては、一回の開催費用が数万円程度。人材紹介会社への手数料と比較すると、圧倒的にコストパフォーマンスが高い取り組みです。
2. 工業高校・高専・職業訓練校との「関係構築」
新卒採用において、大阪の中小製造業にとって最も有望なパイプラインは、工業高校や高専、職業訓練校です。しかし、多くの企業がこれらの学校との関係構築に十分な時間を投じていません。
関係構築のポイントは「求人を出すだけで終わらない」こと。学校の先生と定期的にコミュニケーションをとり、インターンシップを受け入れ、出前授業や工場見学を提供する。こうした活動を通じて「あの会社はちゃんとしている」という信頼を得ることが、先生が生徒に自社を推薦してくれることにつながります。
堺市のある工作機械メーカー(従業員約80名)では、近隣の工業高校3校と年間を通じた連携プログラムを構築しています。夏休みの短期インターンシップ、秋の工場見学会、冬の出前授業——この一連の接点を通じて、毎年コンスタントに2〜3名の新卒採用を実現しています。
3. 経験者採用の「間口」を広げる
「ものづくり経験者」を求めると、対象者はどうしても絞られます。しかし、「製造業未経験だが、手を動かす仕事が好きな人」「前職で品質管理に関わっていた人」「機械いじりが趣味の人」——こうした層まで間口を広げることで、採用の可能性は大きく広がります。
ある八尾市の樹脂成形メーカー(従業員約50名)では、「製造業未経験OK」の求人を出したところ、前職が自動車整備士だった方が応募してきました。機械の操作感覚に優れ、手先が器用。入社後の技術習得スピードは、同時期に入社した製造業経験者よりも速かったそうです。
「ものづくり経験者」という条件を「ものづくり適性者」に読み替えることで、採用の母集団は確実に広がります。
4. 定着の仕組みを「採用の武器」にする
採用だけでなく、入社後の定着支援を充実させることは、次の採用にも効いてきます。「あの会社は入った後もちゃんと面倒を見てくれる」という評判は、口コミやSNSを通じて拡散します。
具体的には、入社後3ヶ月・6ヶ月・1年のフォロー面談、メンター制度の整備、技能習得の進捗管理——こうした仕組みを整えることで、「入社後が不安」という求職者の心理的ハードルを下げることができます。
経営数字で見ると、入社1年以内の離職率を10ポイント下げるだけで、年間の採用コスト削減額は中小企業でも数百万円規模になることがあります。「定着の仕組みは採用投資の回収率を上げる」という考え方を経営者と共有できれば、予算確保もしやすくなります。
5. 「技術承継」を採用メッセージに組み込む
大阪の中小製造業の多くが直面しているのが、ベテラン技能工の高齢化と技術承継の問題です。この問題を「課題」としてだけ捉えるのではなく、「求職者への訴求ポイント」として活用するという発想があります。
「20年のキャリアを持つ職人が、マンツーマンで技術を教えます」——これは、「ものづくりの技術を身につけたい」と考える若者にとって、非常に魅力的なオファーです。大企業のOJTでは得られない、濃密な師弟関係を通じた技術習得。これは中小企業ならではの価値です。
よくある失敗パターン
大阪の中小製造業の採用でよく見られる失敗パターンを整理しておきます。
「給与を上げれば来る」という発想
確かに給与は重要な要素です。しかし、大手企業や他の業種と給与水準だけで勝負しようとすると、コスト構造を圧迫し、事業の持続性を損ないます。給与以外の魅力——技術の希少性、成長環境、経営者との距離、社会的インパクト——を総合的に打ち出すことが、持続可能な採用戦略につながります。
「採用活動は忙しくなったらやる」という後手の対応
受注が増えてから慌てて採用活動を始めるパターンです。製造業の場合、技術習得に時間がかかるため、「今忙しいから人を入れる」では間に合いません。事業計画に連動した採用計画を立て、常に一定の採用パイプラインを維持しておくことが重要です。
「ハローワークに出しておけばいい」という慣習
ハローワークは有効なチャネルの一つですが、それだけに頼っていると採用の幅が限定されます。工業高校との連携、SNSでの発信、工場見学の開催、リファラル採用の仕組みづくり——複数のチャネルを組み合わせることで、「ハローワークでは出会えない層」にリーチできます。
「職人は黙って仕事を見て覚えろ」という育成観
かつては「見て覚える」が製造業の育成の基本でした。しかし、今の若い世代は「なぜそうするのか」の説明を求めます。これは能力の問題ではなく、世代間の価値観の違いです。暗黙知を形式知に変え、技術習得のステップを明確にすることで、若手の成長スピードは格段に上がります。
経営者との対話を変える
製造業の採用課題を本質的に解決するためには、人事担当者と経営者の対話のあり方を変える必要があります。
経営者に「人が採れない」と報告するだけでは、何も変わりません。「現在の離職率が年間15%で、採用コストが年間600万円。離職率を10%に下げれば、年間200万円のコスト削減になる。そのために必要なのは、入社後の育成体制の整備と、採用基準の見直し。投資額は年間100万円程度」——こうした数字ベースの提案ができれば、経営者の判断材料になります。
大阪の製造業の経営者は、多くの場合、技術者としてのバックグラウンドを持っています。技術の話は得意だけれど、人事や組織の話は苦手、という方も少なくありません。だからこそ、人事担当者が「経営の言葉」で採用課題を語ることの価値は大きい。
「うちの技術は世界一や。でも人が来ない」——そう嘆く経営者に対して、「では、その世界一の技術を、求職者にどう伝えますか?」と問い返すこと。そして、一緒に言語化の作業を進めること。これが、大阪の中小製造業の採用を変える第一歩です。
ものづくりの街・大阪から
大阪は「ものづくりの街」です。この街で生まれた技術が、世界中の製品に使われています。その技術を次の世代に引き継ぎ、さらに発展させていくためには、「人」が必要です。
採用は、単なる人集めではありません。事業の未来をつくる投資です。その投資を、経営数字から逆算して設計し、関西ならではの強みを活かして実行する。大阪の中小製造業には、その可能性があります。
「うちみたいな町工場に、若い子なんか来えへんわ」——その思い込みを超えるところから、始めてみませんか。技術の魅力を言語化し、求職者と真剣に向き合い、育てる仕組みを整える。地味な積み重ねですが、それが「ものづくり人材」を確保するための、最も確実な道だと私は考えています。
大阪のものづくりには、人を惹きつける力がある。あとは、その力を「届ける方法」を持てるかどうかです。
人事の実践知を体系的に身につけたい方は、人事のプロ実践講座へ。
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