関西の不動産業界が営業人材の定着率を高めるための人事施策
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関西の不動産業界が営業人材の定着率を高めるための人事施策

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関西の不動産業界が営業人材の定着率を高めるための人事施策

「うちの営業、3年もたへんのですわ」

大阪・本町のある不動産会社の社長が、苦い表情でそう言いました。毎年10名近い営業を採用するが、3年後に残っているのは2〜3名。残りの7〜8名は、同業他社に転職するか、不動産業界を離れていく。この「離職の連鎖」が、事業の成長を妨げている。

関西の不動産業界は、独自のダイナミズムを持っています。大阪・梅田周辺の再開発ラッシュ、京都の町家再生・リノベーション市場、神戸のウォーターフロント開発、万博後のベイエリア開発——関西各地で不動産市場が活況を呈する中、優秀な営業人材の確保は業界全体の最重要課題です。

しかし、不動産業界は「採用はできるが定着しない」業界としても知られています。労働時間の長さ、成果主義の厳しさ、顧客対応のストレス——こうした要因が重なり、営業人材の離職率は他業界に比べて高い水準にあります。

私はこれまで500社以上の企業で人事に関わってきましたが、不動産業界の営業人材の定着課題は、「根性論」では解決しないと考えています。定着率を高めるためには、人事制度の設計、マネジメントの質、組織文化——こうした「仕組み」のレベルで変えていく必要があります。

この記事では、関西の不動産業界が営業人材の定着率を高めるための人事施策について、一緒に考えてみたいと思います。


なぜ不動産営業は辞めるのか——「本当の理由」を探る

不動産営業が辞める理由を聞くと、表面的には「給与が低い」「労働時間が長い」「ノルマがきつい」という答えが返ってきます。しかし、これらは「辞める理由」であると同時に、「入社時から覚悟していたこと」でもあります。つまり、本当の離職理由は別のところにあることが多い。

私の経験上、不動産営業の「本当の離職理由」は大きく4つに分けられます。

理由① 「成長の実感」がない

入社1年目は何もかもが新しく、成長を実感できます。しかし、2年目、3年目になると「同じことの繰り返し」に感じ始める。飛び込み営業、物件案内、契約書の作成——日々の業務が「ルーティン化」し、「この仕事を続けて、自分はどこに行けるのか」が見えなくなる。

大阪・天王寺のある不動産仲介会社(営業30名)で退職者にヒアリングしたところ、「給与」を離職理由に挙げた人は30%だったのに対し、「キャリアの先が見えない」を挙げた人は65%に達しました。「お金の問題」よりも「将来の問題」の方が深刻なのです。

理由② 「マネジメントの質」が低い

不動産業界の管理職は、「営業成績が良かった人」が昇進するケースが多い。しかし、「営業の名手」が「良い管理職」であるとは限りません。部下の育成、モチベーション管理、チームビルディング——こうしたマネジメントスキルを学ぶ機会がないまま管理職になった人が、「自分がやってきたやり方」を部下に押し付ける。結果、部下が疲弊して辞めていく。

この「マネジメントの質」問題は、不動産業界に限りませんが、成果主義が強い業界では特に顕著です。

理由③ 「評価の納得感」がない

不動産営業の評価は、数字(売上・契約件数)で決まることが多い。しかし、不動産の営業成績は、担当エリア、担当物件、市場環境などの外部要因に大きく左右されます。梅田エリアの物件を担当している営業と、郊外のエリアを担当している営業では、同じ努力をしても数字に大きな差が出る。

この「不公平感」が、評価への不満につながります。数字だけで評価される環境では、「努力しても報われない」という無力感が蓄積し、離職につながります。

理由④ 「ライフステージの変化」に対応できない

結婚、出産、介護——ライフステージの変化に伴い、「これまでと同じ働き方」ができなくなるタイミングがあります。しかし、不動産営業の仕事は「顧客の都合に合わせる」ことが基本で、夜遅くの内見、週末の契約、急な電話対応——こうした働き方がライフステージの変化と両立しにくい。

特に関西では、「家庭を大切にする」価値観を持つ人材が多い印象があります。仕事と家庭の両立が困難な環境は、人材の流出を加速させます。


定着率を高める5つの人事施策

これらの離職理由を踏まえ、定着率を高めるための具体的な施策を5つ紹介します。

施策① キャリアパスの明示と「成長の設計」

営業人材に「この会社にいると、こんなキャリアが描ける」を見せることが、最も効果的な定着策です。

不動産営業のキャリアパスを段階的に設計します。例えば:

  • 1年目:基礎習得期(業界知識、物件知識、営業スキルの基本)
  • 2〜3年目:一人前営業期(独力で案件を完結できるレベル)
  • 4〜5年目:専門性確立期(特定分野のスペシャリスト、または後輩指導役)
  • 6年目〜:マネジメント期 or スペシャリスト期(管理職 or 高度専門職)

各段階で求められるスキルと、達成時の処遇(等級・報酬)を明示する。これにより、「次のステップ」が見えるようになり、「この仕事を続ける意味」が実感できます。

神戸・三宮のある不動産管理会社(営業20名)では、このキャリアパスを導入した結果、3年以内離職率が45%から22%に半減しました。「自分がどこにいて、次にどこを目指すのか」が見えることが、定着に大きな効果を持つことの証左です。

施策② 評価制度の多軸化——数字だけで測らない

売上・契約件数という「結果指標」だけでなく、「プロセス指標」と「行動指標」を評価に組み込みます。

例えば:

  • 結果指標(40%):売上、契約件数、粗利
  • プロセス指標(30%):顧客接触数、提案件数、成約率(効率性)
  • 行動指標(30%):顧客満足度、後輩指導、業界知識の習得、チームへの貢献

この多軸評価により、「数字は出ていないが、良い営業プロセスを踏んでいる人」や「チームに貢献している人」が正当に評価されるようになります。

大阪・心斎橋のある不動産仲介会社(営業35名)では、評価の30%を「顧客からのアンケート評価」に紐づけています。短期的な売上よりも「顧客の信頼」を重視する姿勢を打ち出したことで、営業スタイルが変わり、リピート率と紹介率が向上。結果として売上も伸び、離職率も改善しました。

施策③ マネジメント研修の義務化

営業成績で昇進した管理職に、マネジメントスキルを学ぶ機会を体系的に提供します。

1on1ミーティングの進め方、フィードバックの技術、チームビルディング、メンタルヘルスへの対応——こうした「人を育てる技術」を、研修とOJTの組み合わせで習得してもらう。

京都のある不動産デベロッパー(営業25名)では、新任管理職に対して「マネジメント基礎研修(2日間)」と「月1回のマネジメントケース共有会」を義務化しました。管理職同士が「部下とのコミュニケーションで困っていること」を共有し合う場があることで、「一人で悩まない」環境が作られています。

この取り組みの効果は数字にも表れており、管理職研修を導入した後、管理職の下で働く営業の1年以内離職率が35%から15%に改善しました。マネジメントの質が定着率に直結することを示す事例です。

施策④ 働き方の選択肢を広げる

すべての不動産営業が「朝から晩まで、週末も含めて働く」スタイルである必要はありません。業務内容に応じて、働き方の選択肢を広げることが可能です。

例えば、法人向け営業は平日の日中がメインになるため、比較的規則的な働き方が可能です。個人向け営業でも、シフト制の導入やチームでの顧客対応体制を整えることで、特定の個人に負担が集中することを防げます。

大阪・堺のある住宅販売会社(営業40名)では、「ライフステージに応じた勤務体系の選択制」を導入しました。「フルタイム営業」「時短営業」「法人特化営業」の3コースから選べる仕組みです。「時短営業」を選んだ場合、担当物件数は減りますが、営業としてのキャリアは継続できる。この選択肢を設けたことで、育児や介護を理由とした退職が大幅に減少しました。

施策⑤ 「チーム営業」への転換

個人の成果に過度に依存する営業スタイルから、チームで成果を出すスタイルへの転換も、定着率向上に効果があります。

個人営業のスタイルでは、「自分一人で全部やらなければならない」プレッシャーが大きい。また、ノウハウが個人に属してしまい、離職と共に流出する。チーム営業にすることで、一人あたりの負担が軽減され、ノウハウの共有も進みます。

大阪・南森町のある不動産仲介会社(営業28名)では、3〜4名のチーム制を導入しました。チーム内で役割を分担し(初回対応、物件提案、契約手続きなど)、顧客を「チームで担当する」体制にしたところ、顧客満足度が上がり、営業一人あたりの残業時間が月20時間削減。離職率も前年比で40%改善しました。


関西の不動産業界特有のポイント

関西の不動産業界には、関西ならではの特性があります。これらを理解した上で人事施策を設計することが重要です。

「関西のお客さんは厳しい」——だからこそ営業力がつく

関西の顧客は、一般的に交渉力が高く、価格に対してシビアです。しかし、この「厳しさ」は、営業人材を鍛える環境でもあります。「関西で通用する営業力は、全国どこでも通用する」——これを自社の強みとして打ち出し、営業人材の誇りと自信につなげることができます。

「大阪の再開発は一過性ではない」——長期的な市場の見通しを共有する

梅田、中之島、天王寺、ベイエリア——大阪は複数の再開発プロジェクトが同時進行しています。万博後も継続する開発計画があり、不動産市場は中長期的に成長が見込まれる。こうした市場の見通しを営業人材と共有することで、「この業界で長く働く価値がある」というメッセージを伝えることができます。

「京都・神戸は市場特性が異なる」——エリア特性に合った施策設計

京都の不動産市場は景観規制や文化財保護の影響を受け、神戸は港町としての国際性が特徴です。各エリアの市場特性に合わせた営業手法と、それに応じた評価制度の設計が必要です。京都の営業に大阪と同じ成約件数を求めるのは、市場特性を考えれば適切ではないかもしれません。


定着率の改善は「コスト削減」である

営業人材の離職が企業にもたらすコストは、想像以上に大きいものです。採用コスト、教育コスト、引き継ぎコスト、離職後の営業力低下による機会損失——これらを合算すると、一人の営業が離職するたびに、年収の1.5〜2倍のコストが発生するという試算があります。

仮に年収500万円の営業が辞めた場合、750万円〜1,000万円のコストが発生する計算です。年間10名が辞めれば、7,500万円〜1億円。この数字を経営者と共有すれば、定着率の改善に投資する意義は明らかです。

定着率の改善は、「人にとって良い」だけでなく、「経営にとって良い」施策です。人件費を効率的に使い、一人あたりの売上を高め、組織全体の生産性を上げる——経営数字から見ても、定着率の改善は最もリターンの高い投資の一つと言えます。

関西の不動産業界が、営業人材にとって「長く働きたい」と思える業界になること。それは業界全体の競争力を高め、ひいては関西の不動産市場の発展につながると考えています。


まとめ:不動産営業の定着率改善チェックリスト

  • [ ] 退職者の「本当の離職理由」をヒアリングしているか
  • [ ] キャリアパスを段階的に設計し、全営業に共有しているか
  • [ ] 評価制度は「結果」だけでなく「プロセス」「行動」も含めているか
  • [ ] 管理職にマネジメント研修を提供しているか
  • [ ] ライフステージに応じた働き方の選択肢を用意しているか
  • [ ] チーム営業の導入を検討しているか
  • [ ] エリアの市場特性に応じた評価基準を設定しているか
  • [ ] 離職コストを経営数字として把握しているか
  • [ ] 定着率の目標値を設定し、定期的にモニタリングしているか
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