関西の医療・介護業界が「働き続けたい職場」を作る人事の考え方
制度設計・運用

関西の医療・介護業界が「働き続けたい職場」を作る人事の考え方

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関西の医療・介護業界が「働き続けたい職場」を作る人事の考え方

「人が辞めるから採用する、採用しても辞める。この繰り返しなんです」

大阪市内の介護施設で人事を担当する方の言葉です。関西の医療・介護業界は深刻な人材不足に直面しています。高齢化の進む関西圏において、医療・介護サービスの需要は増え続ける一方、働き手の確保は年々困難になっています。

しかし、問題の本質は「採用の難しさ」だけではありません。「入職してもすぐに辞めてしまう」という定着の課題が、人材不足を加速させています。採用に成功しても、1年以内に辞められれば、採用コストは回収できず、現場の負担は一時的に増えただけで終わります。

私はこれまで500社以上の企業で人事に関わってきましたが、医療・介護業界の人事課題は、「採用」よりも「定着」に焦点を当てることで、解決の糸口が見えてくると感じています。「働き続けたい職場」を作ることが、結果として採用力の向上にもつながる。この記事では、関西の医療・介護業界が「働き続けたい職場」を作るための人事の考え方を探っていきます。


関西の医療・介護業界が直面する構造的課題

関西の医療・介護業界の人材課題には、全国共通の問題と関西特有の問題が重なっています。

需要と供給のミスマッチ

大阪府、兵庫県、京都府は高齢者人口の増加が著しく、医療・介護サービスの需要は今後も拡大が見込まれます。一方、生産年齢人口は減少傾向にあり、他の産業との人材獲得競争が激化しています。

特に関西では、インバウンド関連産業やIT産業の成長により、サービス業全般で人材ニーズが高まっています。「接客が好き」「人の役に立ちたい」という志向の人材が、医療・介護以外の選択肢に流れやすくなっています。

都市部と郊外の格差

大阪市内や神戸市内の医療機関・介護施設は、まだ人材確保がしやすい方です。しかし、奈良県南部、和歌山県、兵庫県北部など、郊外・地方部の施設は深刻な人材不足に陥っています。若い人材が都市部に流出し、地域の医療・介護を支える担い手が急速に減少しています。

賃金水準の課題

医療・介護業界の賃金水準は、他の産業と比較して低い傾向にあります。特に介護職は、業務の負荷と賃金のバランスが取れていないと感じる従事者が多く、これが離職の主要因の一つになっています。


「辞めない職場」ではなく「働き続けたい職場」へ

離職率を下げるために、多くの施設が「辞めさせない」ための施策を考えます。しかし、「辞めない」と「働き続けたい」は本質的に異なります。「辞めない」は消極的な状態であり、「他に選択肢がないから仕方なくいる」ことも含まれます。「働き続けたい」は能動的な状態であり、「この職場で働く意味を感じている」ということです。

人事が目指すべきは、後者の状態を作ること。そのためには、以下の3つの問いに向き合う必要があります。

  1. この職場で働くことに「意味」を感じられるか
  2. この職場で「成長」できると実感できるか
  3. この職場に「安心して」いられるか

「働き続けたい職場」を作る5つの視点

関西の医療・介護業界が「働き続けたい職場」を作るために、5つの実践的な視点を紹介します。

視点① 「仕事の意味」を再確認する仕組み

医療・介護の仕事は、本来非常にやりがいのある仕事です。人の命や生活を支える、社会的に重要な仕事。しかし、日々の業務に追われる中で、その「意味」を見失いやすい。

ある京都市内の介護施設(職員約60名)では、月に一度「ストーリーシェアリング」という時間を設けています。利用者やご家族からの感謝の言葉、小さな変化や成長の瞬間——現場で起きた「嬉しいエピソード」を職員同士で共有する時間です。

この取り組みは直接的に業務効率を上げるものではありません。しかし、「自分の仕事には意味がある」という実感を定期的にリフレッシュすることで、バーンアウトの予防につながっています。導入から2年後、この施設の離職率は改善傾向を見せました。

視点② キャリアパスの「見える化」

医療・介護業界で働く人の多くが、「この仕事を続けた先に何があるのか」を見通せずにいます。特に介護職では、「何年働いても同じ仕事、同じ待遇」という感覚が離職の大きな要因です。

キャリアパスを明確に示すことが、定着の鍵になります。資格取得によるステップアップ、リーダー・主任・管理者への昇進ルート、専門分野(認知症ケア、リハビリ、終末期ケアなど)への深化——こうしたキャリアの道筋を「見える化」し、各段階での処遇改善を連動させることで、「頑張れば報われる」という実感が生まれます。

大阪のある訪問看護ステーション(職員約40名)では、5段階のキャリアラダーを設計し、各段階の到達基準、必要な研修、報酬テーブルを明示しました。「自分が今どの段階にいて、次に何をすればステップアップできるか」が明確になったことで、特に入職2〜3年目の職員の定着率が改善しました。

視点③ 「教育・研修」を充実させる

医療・介護は、常に新しい知識と技術のアップデートが求められる分野です。研修機会の充実は、職員の成長実感につながると同時に、サービスの質の向上にも直結します。

ただし、「研修の機会を増やす」だけでは不十分です。日々の業務が忙しい中で、研修時間の確保が現場の負担にならない工夫が必要です。

神戸のある回復期リハビリテーション病院(職員約180名)では、「マイクロラーニング」の手法を取り入れています。15分間の短い学習コンテンツをオンラインで提供し、職員が空き時間に自分のペースで学べる仕組みです。年に数回の集合研修と組み合わせることで、学習の継続性を確保しています。

視点④ 「働き方の柔軟性」を高める

医療・介護業界は夜勤やシフト制が基本であり、働き方の柔軟性を高めることは容易ではありません。しかし、「できることからやる」姿勢は重要です。

時短勤務の選択肢、夜勤の回数調整、有給休暇の取得促進、急な休みへのバックアップ体制——こうした「働き方の選択肢」を増やすことで、ライフステージの変化(子育て、介護、体調の変化など)に対応しやすくなり、「辞めなくてもいい」環境が整います。

大阪市内のある特別養護老人ホーム(職員約90名)では、「ライフステージ対応シフト」という制度を導入しています。子育て中の職員は夜勤免除、親の介護が必要な職員は特定曜日の固定休——個々の事情に合わせたシフト調整を行うことで、「辞めるしかない」と思っていた職員が働き続けられるようになりました。

視点⑤ 「心理的安全性」のある職場づくり

医療・介護の現場はストレスが高い。患者さんや利用者の急変、クレーム対応、同僚との人間関係——こうしたストレスが蓄積すると、バーンアウトや離職につながります。

「困ったときに相談できる」「失敗を責められない」「意見を言っても否定されない」——こうした心理的安全性のある職場環境を作ることが、定着の土台になります。

具体的な取り組みとしては、定期的な面談の実施、メンター制度の導入、ストレスチェックの活用、ハラスメント防止の取り組み——こうした施策を組み合わせることで、「安心して働ける」環境を整えます。


経営数字で考える「定着」の価値

医療・介護業界の経営者に「定着の重要性」を伝えるためには、経営数字で語ることが有効です。

離職コストの試算

介護職の中途採用一人あたりのコストは、求人広告費、選考にかかる工数、入職後の教育コスト、戦力化までの期間の生産性ロスを合計すると、かなりの金額になります。年間10人が離職する施設であれば、その総額は施設にとって大きな負担です。

定着改善の経済効果

離職率を改善することで得られる経済効果は、単純な採用コスト削減だけではありません。

  • ベテラン職員の比率が高まり、サービスの質が向上する
  • 教育コストが下がる(新人教育の頻度が減る)
  • チームワークが安定し、業務効率が向上する
  • 口コミでの採用応募が増え、採用広告費が削減できる

これらの効果を合算すれば、「定着改善への投資」は十分にリターンが見込める経営判断として位置づけられます。


よくある失敗パターン

医療・介護業界の「働き続けたい職場」づくりで、よく見られる失敗パターンです。

「給与を上げれば解決する」という発想

賃金改善は重要ですが、それだけでは定着につながりません。「給与は上がったが、仕事の負担は変わらない。キャリアの見通しもない」——これでは、次にもっと条件の良い施設が見つかれば移動してしまいます。

「研修さえやれば成長する」という思い込み

年に数回の研修を実施しているだけで「教育体制は整っている」と考えるケース。研修の内容が現場のニーズと合っていない、研修で学んだことを現場で実践する機会がない——こうした状況では、研修は「義務的な参加」になり、成長実感につながりません。

「一律の制度」を全員に適用する

職種、経験年数、ライフステージが異なる職員に対して、一律の人事制度を適用するケース。新卒1年目の看護師と、20年のキャリアを持つベテラン介護福祉士では、求めるものが異なります。制度の中にある程度の「個別対応の余地」を持たせることが重要です。

「現場の声」を聞かずに制度を作る

人事部門や経営層だけで制度を設計し、現場に一方的に適用するケース。現場の実態を知らない制度は、使い勝手が悪く、かえって不満を増幅させることがあります。


関西の地域医療・介護を人事から支える

関西の医療・介護業界は、地域社会の安心・安全を支える基盤です。高齢化が進む中、この業界で働く人材の確保と定着は、単に個々の施設の経営課題ではなく、地域全体の課題です。

「働き続けたい職場」を作ることは、一朝一夕にはできません。しかし、仕事の意味を共有し、キャリアパスを見える化し、教育を充実させ、働き方の柔軟性を高め、心理的安全性を確保する——こうした一つひとつの取り組みの積み重ねが、職員の定着を支え、結果としてサービスの質を高め、地域からの信頼につながります。

関西の医療・介護に関わる人事担当者が、「事業を伸ばす人事」の視点を持ち、経営と現場の両方に目を配りながら、「働き続けたい職場」を作っていけることを心から願っています。


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