関西の企業が「人的資本経営」を中小企業の現場で実践する方法
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関西の企業が「人的資本経営」を中小企業の現場で実践する方法

#1on1#エンゲージメント#採用#評価#研修

関西の企業が「人的資本経営」を中小企業の現場で実践する方法

「人的資本経営って、最近よく聞くんですけど、うちみたいな従業員60名の会社で何をすればいいのか、正直よくわかりません。大企業が統合報告書で開示しているような話でしょう。うちには関係ないんちゃうかと思ってしまうんです」

大阪・東大阪にある金属加工業の社長が、人事セミナーの懇親会でそう話してくれました。周囲の中小企業の経営者も、うなずいていました。

「人的資本経営」という言葉は、2020年代に入って急速に広がりました。2023年3月期から上場企業に人的資本の情報開示が義務化され、大企業を中心に「人的資本経営」の取り組みが進んでいます。しかし、中小企業の現場では「自分たちには関係のない話」と捉えられがちです。

私は関西の企業で人事に携わる中で、人的資本経営は大企業だけの話ではなく、むしろ中小企業こそ取り組む意義が大きいと考えるようになりました。中小企業は大企業と比べて、設備投資や研究開発投資の規模で勝負することが難しい。だからこそ、「人」という資本をどう活かすかが、事業の成否を左右します。

問題は、「人的資本経営」という概念を、中小企業の現場で実践できる形に翻訳する作業が不足していることです。抽象的な理念を語るだけでは、現場は動きません。本稿では、人的資本経営の考え方を関西の中小企業の現場で実践するための具体的な方法をお伝えします。


人的資本経営とは何か——中小企業の視点で

人的資本経営の本質を一言で表すなら、「人をコストではなく資本(投資対象)として捉え、人への投資を通じて事業価値を高める経営」です。

従来の経営では、人件費は「コスト」として扱われてきました。コストは「削減する対象」です。業績が悪化すれば人件費を削る。採用を絞る。教育研修費を減らす——コストとして捉える限り、人への支出は「少ないほど良い」という発想になります。

人的資本経営では、人への支出を「投資」として捉えます。投資は「リターンを得るために行うもの」です。人に投資し、その投資が事業の成果として返ってくる——この循環をつくることが、人的資本経営の目的です。

中小企業にとっての意味

中小企業にとって、人的資本経営の考え方は特に重要です。その理由は3つあります。

第一に、中小企業は一人ひとりの社員の影響が大きい。大企業であれば一人が辞めても組織は回りますが、中小企業では一人の離職が事業に直接的な打撃を与える。だからこそ、一人ひとりの社員を「資本」として大切に育て、活かす発想が必要です。

第二に、中小企業は人材獲得競争で不利な立場にある。知名度や給与水準で大企業と競争するのは難しい。だからこそ、入社した人材を最大限に育て、活かし、定着させることが重要になる。

第三に、関西の中小企業は事業承継の課題を抱えている企業が多い。事業を承継するのは「事業」だけではなく、事業を支える「人材」も含めてです。人的資本の蓄積がなければ、事業承継は形だけのものになってしまいます。


人的資本経営を「見える化」する

人的資本経営の第一歩は、自社の人的資本の現状を「見える化」することです。大企業のように統合報告書をつくる必要はありません。自社の経営判断に必要な情報を、自社のために可視化すれば十分です。

見える化すべき指標

中小企業が最低限把握しておきたい人的資本の指標は以下の通りです。

まず「人材の確保」に関する指標。採用充足率(計画に対する採用の達成度)。離職率(全体および入社3年以内)。平均勤続年数。

次に「人材の育成」に関する指標。一人あたりの教育研修費。研修参加率。一人あたりの研修時間。

そして「人材の活用」に関する指標。一人あたり売上高。一人あたり付加価値額(粗利)。従業員エンゲージメントスコア。

さらに「人材の健康・安全」に関する指標。有給休暇取得率。時間外労働時間。健康診断受診率。労働災害発生件数。

「経営数字」との接続が重要

人的資本の指標を把握するだけでは不十分です。重要なのは、これらの指標が「経営数字」とどう結びついているかを理解することです。

例えば、離職率が高い部門は、採用コストと教育コストがかさみ、一人あたりの生産性も低い傾向がある。逆に、教育研修に投資している部門は、品質不良率が低く、顧客満足度が高い傾向がある——こうした相関を、自社のデータで確認する。

大阪のある中堅の食品メーカーでは、人事データと財務データを突き合わせて分析した結果、「研修参加率が高い工場ほど品質不良率が低い」という相関が見えてきました。この結果を経営会議で共有したことで、教育研修への投資に対する経営層の理解が大きく変わりました。「研修はコストではなく、品質を支える投資だ」——この認識が経営判断を変えたのです。


人的資本への「投資」の設計

人的資本経営の中核は、「人への投資を設計し、その投資のリターンを追跡すること」です。

投資領域① 採用への投資

中小企業の採用は、「求人を出して、来た人の中から選ぶ」という受動的なアプローチになりがちです。しかし、人的資本経営の視点では、採用は「どんな人材を獲得するかで将来の事業成果が変わる」重要な投資です。

採用への投資のポイント。まず、採用要件を「事業戦略」から逆算して定義する。いま空いているポストを埋めるためではなく、3〜5年後の事業に必要な人材を採用する。

次に、採用プロセスの質を高める。面接の質を向上させるため、面接官のトレーニングに投資する。構造化面接を導入し、採用の精度を上げる。

さらに、採用ブランディングに投資する。自社の魅力を発信し、求職者からの認知を高める。関西の中小企業は、技術力や社風など、大企業にはない魅力を持っている。その魅力を言語化し、発信する。

投資領域② 育成への投資

育成への投資は、人的資本経営の中で最もリターンが見えやすい領域です。

育成投資の設計ポイント。まず、育成投資を「等級別」に設計する。新入社員には基礎スキルの習得、中堅社員にはリーダーシップの開発、管理職にはマネジメントスキルの向上——等級ごとに必要な育成テーマを定め、計画的に投資する。

次に、OJTの質を高めることに投資する。中小企業の育成の主軸はOJT(職場内訓練)です。しかし、OJTの質は指導者の力量に依存する。指導者向けの研修に投資し、OJTの質を底上げする。

さらに、外部研修やセミナーへの参加を奨励する。中小企業では社内の知見に限りがある。外部の研修やセミナーに参加し、新しい知識やネットワークを持ち帰ることは、組織全体の知の厚みを増す。

投資領域③ エンゲージメントへの投資

社員のエンゲージメント(仕事への意欲と組織への帰属意識)は、人的資本の重要な要素です。エンゲージメントが高い社員は、生産性が高く、離職率が低く、顧客満足度にも好影響を与えます。

エンゲージメントへの投資のポイント。まず、社員の「声を聴く」仕組みをつくる。定期的なサーベイ、1on1ミーティング、社員座談会——社員が自分の意見を言える場を設ける。

次に、キャリアの見通しを示す。「この会社で自分はどう成長できるのか」が見えないと、社員のエンゲージメントは低下する。等級制度やキャリアパスを整備し、成長の道筋を示す。

さらに、働く環境への投資。職場の安全性、労働時間の適正化、ワークライフバランスの推進——働く環境を整えることは、エンゲージメントを支える基盤です。

投資領域④ 組織文化への投資

組織文化は、人的資本の「土壌」です。良い土壌がなければ、いくら良い種(人材)をまいても育たない。

組織文化への投資のポイントとして、まず経営理念やバリューを明文化し、浸透させる。中小企業では、経営理念が社長の頭の中にしかない場合がある。それを言語化し、全社員と共有する。

次に、心理的安全性の確保。失敗を責めるのではなく、失敗から学ぶ文化をつくる。意見を言っても否定されない安心感がなければ、社員は萎縮し、挑戦しなくなる。


関西の中小企業の「強み」を人的資本に変換する

関西の中小企業には、大企業にはない強みがあります。その強みを人的資本の観点で捉え直し、意図的に活かすことが重要です。

強み① 技術力・ものづくりの力

関西の中小企業には、高い技術力を持つ企業が多い。東大阪の金属加工、堺の刃物、京都の精密機器——「この加工ができるのはうちだけ」という独自技術を持つ企業も少なくない。

この技術力は、人的資本そのものです。技術は設備に宿るのではなく、人に宿る。ベテラン社員の技術を若手に伝承する仕組みを意図的に設計し、技術という人的資本が失われないようにする。

神戸のある精密加工の企業では、ベテラン技術者の技術を動画で記録し、技術伝承のためのデジタルアーカイブを構築しました。動画を教材として活用し、若手の育成を加速させる。人的資本を「形式知」に変換して蓄積する取り組みです。

強み② 経営者と社員の距離の近さ

中小企業の強みは、経営者が社員一人ひとりの顔と名前を知っていること。社員の強みや課題を直接把握でき、個別の育成やキャリア支援ができる。大企業ではHRテクノロジーを使って把握するようなことが、中小企業では経営者の目で直接できる。

この距離感を活かし、経営者自身が人材育成にコミットする。経営者が若手社員と月に一度の対話の場を持つ。経営者が自ら講師となって社内研修を行う——経営者の直接的な関与は、社員にとって最も強いメッセージになります。

強み③ 地域コミュニティとのつながり

関西の中小企業は、地域コミュニティとの結びつきが強い。取引先、協力会社、地元の商工会議所、業界団体——こうしたネットワークは、人材の育成と確保において大きな資産です。

他社との合同研修、異業種交流、地元の大学との連携——地域のネットワークを活用した人材育成は、中小企業単独ではできない学びの機会を提供します。


人的資本経営の「PDCAサイクル」

人的資本経営を一過性の取り組みにしないためには、PDCAサイクルを回す仕組みが必要です。

Plan(計画):年間の人的資本投資計画を策定する

事業計画と連動した人的資本投資計画を策定する。「来期は新規事業に参入するから、その領域の専門人材を採用する」「品質向上が課題だから、品質管理の研修に投資する」——事業の方向性から逆算して、人的資本への投資を計画する。

Do(実行):計画に基づいて投資を実行する

採用、育成、エンゲージメント向上の施策を計画通りに実行する。実行の過程で、投資の内容やコストを記録する。

Check(評価):投資の効果を測定する

人的資本の指標を定期的に測定し、投資の効果を確認する。採用の質は向上したか。研修を受けた社員のパフォーマンスは向上したか。エンゲージメントスコアは改善したか。そして、これらの指標が事業成果(売上、利益、品質、顧客満足度)とどう連動しているかを分析する。

Act(改善):結果をもとに次の投資を改善する

測定結果をもとに、次の期の投資計画を改善する。効果の高い投資は拡大し、効果の低い投資は見直す。この改善のサイクルを回し続けることで、人的資本への投資の精度が上がっていきます。


経営層に「人的資本経営」を伝えるために

中小企業の人事担当者が人的資本経営を推進するためには、経営層の理解と支持が不可欠です。経営層に人的資本経営の重要性を伝えるためのポイントをお伝えします。

「経営課題」との接続で語る

「人的資本経営が世の中のトレンドだから」「大企業がやっているから」——こうした理由では、中小企業の経営者は動きません。自社の経営課題との接続で語ることが重要です。

「人手不足で事業を拡大できない」→ 人材の確保と定着に投資する「人的資本経営」の視点が必要。「ベテランの技術が若手に伝わっていない」→ 技術伝承に投資する「人的資本経営」の取り組みが求められる。「離職率が高く、採用コストがかさんでいる」→ エンゲージメント向上への投資が、長期的なコスト削減につながる。

自社の「痛み」から出発し、その解決策として人的資本経営を位置づける。

「数字」で語る

経営者は数字で判断します。人的資本への投資の効果を、可能な限り数字で示す。

離職率が1ポイント下がれば、年間の採用コストがいくら削減されるか。研修投資により一人あたりの生産性がどれだけ向上したか。エンゲージメントスコアの高い部門と低い部門で、業績にどの程度の差があるか。

完璧なデータがなくても構いません。仮説でも良いので、数字でストーリーを語る。それが経営者の判断を後押しします。


中小企業の人的資本経営は「身の丈」で始める

人的資本経営は、大掛かりなシステムや膨大なデータがなくても始められます。

まずは、自社の人的資本の現状を簡単な指標で把握する。離職率、一人あたり研修費、一人あたり売上高——この3つの数字を追跡するだけでも、人的資本経営の第一歩になります。

次に、経営計画と連動した人材投資計画を策定する。年に一度で良い。「来期は、こういう人材に、これだけ投資する」——その計画を立て、実行し、効果を測定する。

人的資本経営は、大企業の専売特許ではありません。むしろ、一人ひとりの社員の顔が見える中小企業だからこそ、人的資本経営の本質——「人を大切にし、人への投資を事業成果につなげる」——を実践できる。

関西の中小企業が、自社の強みを活かしながら、「身の丈の人的資本経営」を実践していく。その積み重ねが、事業の持続的な成長を支えるはずです。


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