
関西の中小企業が「人事制度のスリム化」で運用負荷を下げる方法
目次
関西の中小企業が「人事制度のスリム化」で運用負荷を下げる方法
「人事制度が複雑すぎて、運用するだけで精一杯です。本来やるべき仕事に手が回りません」
大阪・天満橋にある機械商社の人事担当者が、分厚い人事制度規程集を前にしてそう嘆きました。従業員70名の中堅企業で、人事部門は2名体制。しかし、人事制度は大企業並みに複雑でした。
等級は7段階。評価シートは全部で5種類。評価項目は30以上。手当の種類は12種類。研修プログラムは年間20本。面談は年4回。レポートは月次で3種類——。
これらの制度は、過去20年の間に「あの会社がやっているから」「コンサルタントに勧められたから」と、一つずつ積み上げてきたものでした。個々の制度には、導入時には意味があったのかもしれません。しかし、全体として見ると、運用負荷が人事部門のキャパシティをはるかに超えていました。
結果として、評価シートは形式的に埋められるだけ。研修は「やっている」ことが目的化。面談は時間に追われて形骸化。制度はあるが、機能していない。
この状態は、関西の中小企業で珍しくありません。私は関西の企業で人事制度の見直しに関わる中で、「制度を増やす」よりも「制度を減らす」ことで組織が良くなるケースを数多く見てきました。
なぜ人事制度は複雑になるのか
原因① 「足し算」の習慣
人事制度は、課題が見つかるたびに「新しい制度を追加する」形で対応されがちです。離職率が高い→定着支援制度を追加。管理職の能力が不足→管理職研修を追加。評価への不満→新しい評価項目を追加。
足し算は簡単ですが、引き算は難しい。一度導入した制度を廃止するには、「この制度をなくしても大丈夫か」という判断が必要であり、その判断を避けて「とりあえず残しておく」選択をしがちです。
原因② 大企業の制度を模倣する
大企業が導入した制度を、そのまま中小企業に持ち込むケースが多い。しかし、大企業には制度を運用するための専門チームがいます。中小企業の人事2〜3名体制では、同じ制度を運用するのは無理があります。
原因③ コンサルタントの提案を鵜呑みにする
外部のコンサルタントが「最先端の人事制度」を提案し、それをそのまま導入するケースがあります。しかし、コンサルタントは制度を「設計する」だけで、「運用する」のは社内の人間です。設計が立派でも、運用できなければ意味がありません。
「スリム化」の基本的な考え方
人事制度のスリム化とは、「必要なものを残し、不要なものを削り、シンプルに運用する」ことです。スリム化は「手抜き」ではありません。「本当に価値のある制度に集中する」ことです。
スリム化の3原則
原則①:制度の数を減らす 「この制度がなくなっても、組織は困らないか?」を問い、困らない制度は廃止する。
原則②:運用の手間を減らす 残す制度についても、運用プロセスを簡素化する。「30項目の評価シート」を「10項目」に減らす。「年4回の面談」を「年2回」にする。
原則③:「目的」を明確にする 各制度が「何のために存在するのか」を再定義する。目的が不明確な制度は、廃止するか、目的を明確にした上で再設計する。
スリム化の具体的な進め方
ステップ① 全制度の棚卸し
まず、現在運用している人事制度をすべて一覧にします。
棚卸しの項目:
- 制度名
- 導入時期
- 導入の目的
- 運用担当者
- 運用にかかる工数(年間)
- 対象社員の範囲
- 機能しているか(実感)
大阪のあるメーカー(従業員85名)では、この棚卸しを行った結果、「現在運用中の人事制度」が全部で23個あることが判明しました。人事2名体制で23個の制度を運用していた——担当者が疲弊するのは当然です。
ステップ② 各制度の「必要性」を判定する
棚卸しした制度を、以下の基準で判定します。
A:必要。効果があり、継続すべき B:見直し。目的はあるが、運用を簡素化すべき C:廃止候補。効果が不明、または目的を達していない
判定の際の問いかけ:
- この制度がなくなったら、社員は困るか?
- この制度によって、具体的にどんな効果が出ているか?
- この制度の運用に費やしている時間に見合う価値があるか?
- この制度は、当初の目的を達成しているか?
先ほどのメーカーでは、23個の制度のうち、A判定が8個、B判定が9個、C判定が6個でした。C判定の6個は即座に廃止し、B判定の9個は簡素化して、結果として人事の運用負荷が40%削減されました。
ステップ③ 等級制度のスリム化
等級の数が多すぎないかを検討します。等級が7段階以上ある場合、各等級の違いが曖昧になり、社員が「自分が何等級なのか」「次の等級に上がるには何が必要か」を理解しにくくなります。
中小企業における等級の目安:
- 従業員50名以下:3〜4等級
- 従業員50〜100名:4〜5等級
- 従業員100〜300名:5〜6等級
等級を減らす際のポイントは、「各等級の違いが明確であること」。等級が少ない分、各等級に求められる役割と成果を具体的に定義し、社員が「自分は今ここにいて、次はここを目指す」と理解できるようにします。
ステップ④ 評価制度のスリム化
評価項目が多すぎないかを検討します。30項目の評価シートを全項目丁寧に評価するのは、評価者にとって大きな負担です。結果として、全項目を「3」(普通)にしてしまう「中心化傾向」が起き、評価が形骸化します。
評価項目のスリム化の方法:
- 重複する項目を統合する(「協調性」と「チームワーク」は一つにできないか)
- 測定が困難な項目を削除する(「ポテンシャル」のような曖昧な項目)
- 経営戦略との関連が薄い項目を削除する
- 最終的に10項目以内に絞る
京都のある製造業(従業員65名)では、評価項目を28項目から8項目に絞りました。「項目が減ったことで、一つひとつの項目を丁寧に評価できるようになった。結果として、評価の質が上がった」と人事担当者は話しています。
ステップ⑤ 手当のスリム化
手当の種類が多い場合、手当の整理を検討します。手当の中には、「導入した当時は意味があったが、現在は形骸化している」ものがあります。
スリム化の対象になりやすい手当:
- 皆勤手当:勤怠管理が適正に行われていれば不要
- 精勤手当:皆勤手当との違いが不明確
- 家族手当:社員の家族構成で処遇に差をつけることの合理性
- 調整手当:過去の制度変更時に設けた経過措置が恒久化したもの
手当を廃止する際は、基本給に統合することで、社員の手取りが減らないように配慮します。
ステップ⑥ 研修・面談のスリム化
研修や面談が「やること自体が目的」になっていないかを検討します。
研修のスリム化:
- 「全員参加の一律研修」を減らし、「必要な人が必要なタイミングで受ける研修」に切り替える
- 座学中心の研修を、OJTや現場での実践に置き換える
- 外部研修の利用(自社で開催・運営する手間を削減)
面談のスリム化:
- 年4回の面談を年2回に減らす。ただし、1回あたりの質を上げる
- 面談シートの項目を必要最小限にする
- 上司と部下の日常的なコミュニケーションを充実させることで、形式的な面談の必要性を減らす
スリム化の効果
大阪のある印刷会社(従業員50名)では、人事制度のスリム化により、以下の効果が得られました。
人事部門の運用工数:月間80時間→48時間(40%削減) 評価シートの記入時間(管理職一人あたり):5時間→2時間 評価への社員満足度:60%→78%(評価が丁寧になった効果) 人事が戦略業務に使える時間:月間8時間→32時間
スリム化により空いた時間で、人事担当者は採用戦略の立案やエンゲージメント調査の分析に取り組めるようになりました。「制度をシンプルにしたことで、初めて本来の仕事ができるようになった」と話しています。
スリム化する際の注意点
注意① 社員への丁寧な説明
制度の廃止や変更は、社員に不安を与える可能性があります。「なぜ変えるのか」「自分にどんな影響があるのか」を丁寧に説明することが重要です。
注意② 法的な確認
制度の変更が「不利益変更」に該当しないか、労働法の観点で確認します。手当の廃止が実質的な賃金引き下げにならないよう、基本給への統合などの措置を講じます。
注意③ 段階的な実施
一度にすべてを変えるのではなく、影響が小さいものから段階的に実施します。段階的に進めることで、社員の負担を軽減し、問題が発生した場合の軌道修正も容易になります。
注意④ 「必要だったもの」を捨てないこと
スリム化は「何でも削ればよい」というものではありません。「この制度があったから問題が防げていた」というケースもあります。制度を廃止する前に、「この制度がなくなったら、どんなリスクがあるか」を慎重に検討します。
関西の中小企業に合ったスリム化のアプローチ
関西の中小企業には、「合理的でコンパクト」な制度が合っています。関西の経営者は、無駄を嫌い、実効性を重視する傾向があります。制度の数を減らし、一つひとつの制度を丁寧に運用する——この方が、複雑な制度を形式的に運用するよりもはるかに効果的です。
大阪のある機械部品メーカー(従業員45名)では、人事制度を「等級制度」「評価制度」「報酬制度」の3つに集約し、それぞれをシンプルに設計しています。等級は4段階、評価項目は6つ、手当は役職手当と通勤手当のみ。「制度がシンプルだから、全社員が制度を理解している。理解しているから、納得して働ける」と社長は話します。
スリム化のゴールは、「制度が少ないこと」ではなく「制度が機能していること」です。少ない制度でも、一つひとつが目的を持ち、確実に運用されている状態——これが、中小企業にとって最も健全な人事制度のあり方です。
まとめ:人事制度スリム化チェックリスト
- [ ] 現在運用中の人事制度を全て棚卸ししたか
- [ ] 各制度の必要性をA(継続)B(簡素化)C(廃止)で判定したか
- [ ] 等級の段階数は自社の規模に適切か
- [ ] 評価項目を10項目以内に絞ったか
- [ ] 形骸化した手当を特定し、整理計画を立てたか
- [ ] 研修・面談の目的と効果を再検証したか
- [ ] スリム化で空いた時間の使い道を計画しているか
- [ ] 社員への説明と合意形成を行ったか
- [ ] 法的な観点で不利益変更の確認を行ったか
- [ ] 段階的な実施スケジュールを策定したか
関連記事
制度設計・運用関西の企業が副業・兼業制度を導入して人材の幅を広げる方法
副業を認めたら、みんな他のことばかりやって、本業がおろそかになるんちゃいますか?
制度設計・運用関西の中小企業がジョブ型雇用の考え方を取り入れる方法
うちもジョブ型を導入した方がいいんでしょうか
制度設計・運用関西の企業がタレントマネジメントを始めるための第一歩
タレントマネジメントってよく聞くようになりましたけど、結局何のことですか? うちみたいな中小企業にも必要なんでしょうか?
制度設計・運用関西の中小企業が福利厚生を見直して採用力を高める方法
福利厚生が弱いから、大手と勝負にならへんのです