
関西のベンチャー企業が急成長期に人事制度を整える方法
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関西のベンチャー企業が急成長期に人事制度を整える方法
「社員が30人を超えたあたりから、組織がぐちゃぐちゃになってきたんです」
大阪・本町のオフィスで、あるSaaS系ベンチャーの代表がそう打ち明けてくれました。創業5年目、社員数は40名。売上は毎年1.5倍のペースで伸びている。事業は好調。でも、組織の中では不満が噴出し始めていた。「評価の基準がわからない」「誰が何を決めているのかわからない」「給与の決め方が不透明」——急成長の代償として、人事制度の不在が深刻な問題になっていました。
関西のベンチャー企業は今、面白いフェーズにあります。大阪のグランフロント周辺やうめきた地区を中心としたスタートアップ集積、京都のディープテック系ベンチャー群、神戸の医療・ヘルスケア系スタートアップ——関西発のベンチャー企業が次々と成長フェーズに入っています。しかし、事業の成長スピードに組織の仕組みづくりが追いつかないという課題は、多くの企業に共通しています。
私はこれまで500社以上の企業で人事に関わってきましたが、ベンチャー企業の急成長期における人事制度の整備は、最もタイミングが重要な仕事の一つだと感じています。早すぎれば柔軟性を失い、遅すぎれば組織が崩壊する。その「ちょうどいいタイミング」と「ちょうどいい制度」をどう見極めるかが、成長を持続させる鍵になります。
この記事では、関西のベンチャー企業が急成長期に人事制度を整えるための考え方と実践について、一緒に考えてみたいと思います。
急成長期に人事制度が必要になる「3つのサイン」
ベンチャー企業にとって、人事制度はできるだけシンプルであるべきです。事業の変化が速い環境で、複雑な制度は足かせになる。しかし、「制度がないこと」が組織の成長を阻害し始めるタイミングがあります。
私の経験上、以下の3つのサインが出始めたら、人事制度の整備に着手するべきです。
サイン① 「社長が全員を見きれなくなった」
創業者が全員の名前、役割、パフォーマンス、モチベーションを把握できているうちは、制度がなくても組織は回ります。しかし、社員が20名を超えるあたりから、創業者の「直感」だけでは全員をマネジメントできなくなります。
大阪・北浜にあるフィンテック系ベンチャー(従業員25名)では、代表が「最近入った社員の名前と顔が一致しないことがある」と言っていました。これは「人数が増えた」というシンプルな事実を超えて、「組織の中に見えない部分が増えた」というシグナルです。見えない部分が増えると、問題が顕在化するまで気づけなくなる。
サイン② 「給与の決め方を聞かれて答えられない」
採用面接で候補者から「御社の給与はどうやって決まるんですか」と聞かれたとき、明確に答えられるかどうか。「代表が決めています」「個別に交渉です」——これは10人の組織なら許容されますが、30人を超えると通用しません。
特に、関西のベンチャー企業は東京の企業と採用で競合することが多い。東京のベンチャーは報酬制度が整っている企業も多く、関西のベンチャーが「うちはまだ制度が……」と言っている間に、優秀な人材を東京に持っていかれるケースを何度も見てきました。
サイン③ 「中途入社者と古参メンバーの間に溝がある」
急成長期には中途採用が増えます。前職の文化やスキルセットが異なるメンバーが一気に増えることで、「創業期を一緒に乗り越えた古参メンバー」と「新しく入ってきた中途メンバー」の間に溝ができやすい。
古参メンバーは「自分たちが苦労して作ってきた会社なのに」という思いがあり、中途メンバーは「前職ではこうだったのに、ここはルールがない」と感じている。この溝は、共通の「ルール」や「基準」がないことから生まれます。
急成長期の人事制度——「最小限」で「最大の効果」を出す設計思想
ベンチャー企業の人事制度設計で最も重要な考え方は、「最小限の制度で最大の効果を出す」ことです。大企業の人事制度をそのまま持ち込んでも機能しません。事業の変化スピードに制度が追いつかないからです。
私がベンチャー企業の人事制度を支援する際に大切にしている原則が3つあります。
原則① 「シンプルに、でもロジカルに」
制度は複雑にすればするほど、運用コストが上がり、変更が難しくなります。しかし、「シンプル」は「いい加減」とは違います。シンプルだけどロジックが通っている——これが理想の状態です。
例えば、等級制度を作るなら、最初は3〜5段階で十分です。各等級に求める役割と能力を明確に定義し、報酬レンジと紐づける。精緻な等級定義書を100ページ作るよりも、1ページのシンプルな定義を全員が理解している方が、組織の健全さにとって価値があります。
原則② 「今の問題を解決し、半年先の成長を見据える」
制度設計の際、「3年後の組織」を想定して精緻な制度を作ろうとする企業がありますが、これは危険です。ベンチャー企業の3年後は誰にも予測できません。大切なのは、「今、組織で起きている問題を解決する」ことと、「半年後の組織規模に耐えられる」ことのバランスです。
原則③ 「制度は、変えることを前提にする」
ベンチャー企業の人事制度は「完成版」ではなく「β版」です。作ったら終わりではなく、運用しながら改善し続ける。だからこそ、最初から複雑にしない。変更しにくい制度は、ベンチャー企業にとってリスクです。
京都・四条烏丸のあるAI系ベンチャー(従業員35名)では、「人事制度はソフトウェアと同じ。リリースして、バグを見つけて、アップデートする」という方針で運用しています。四半期ごとに制度の振り返りを行い、現場からのフィードバックをもとに改善点を洗い出す。この「アジャイルな人事制度運用」が、急成長する組織に対応する鍵になっています。
急成長期に最低限整えるべき5つの制度
では、具体的にどの制度から手をつけるべきか。優先度の高い順に5つ紹介します。
制度① 等級制度(グレード)
全社員を3〜5段階のグレードに分類し、各グレードに求める役割と能力を定義します。これにより、「自分は今どのポジションにいて、次のステップで何が求められるのか」が全員に見えるようになります。
関西のベンチャー企業では、エンジニア、ビジネス、コーポレートの3つの職種ごとに等級を設計するケースが多い。特にエンジニアの等級設計は重要です。大阪・梅田周辺のIT系ベンチャーでは、エンジニアの採用競争が激化しており、「うちでどんなキャリアが描けるか」を明確に示すことが採用の成否を分けます。
あるグランフロント大阪に入居するヘルステック企業(従業員45名)では、エンジニア職を「ジュニア」「ミドル」「シニア」「リード」「プリンシパル」の5段階に設定し、各段階で求める技術力・影響範囲・リーダーシップを明示しました。このシンプルな等級定義が、エンジニアのキャリアパスを見える化し、定着率の改善につながりました。
制度② 報酬制度(給与テーブル)
各等級に報酬レンジを設定します。レンジの幅は、同じ等級内でもパフォーマンスや経験に応じた差をつけられるよう、20〜30%程度の幅を持たせます。
報酬制度を作る際に大切なのは、「市場水準」を意識することです。特に関西のベンチャー企業は、東京のベンチャーとの報酬格差が採用のボトルネックになりやすい。完全に東京水準に合わせる必要はありませんが、「関西の生活コスト」と「市場の報酬水準」を踏まえた上で、自社の報酬ポリシーを明確にしておくことが重要です。
大阪のあるEC系ベンチャー(従業員50名)では、「東京の市場水準の90%」を報酬の基準に設定しています。残りの10%は「関西の生活コストの低さ」と「リモートワークの柔軟性」で補う——このロジックを採用時に説明することで、東京からのUターン・Iターン採用にも成功しています。
制度③ 評価制度(パフォーマンスレビュー)
半期に一度、マネージャーとメンバーが成果と成長を振り返る場を設けます。評価項目は最初はシンプルに。「成果(事業への貢献)」と「行動(バリューの体現)」の2軸で十分です。
評価制度を導入する際に注意すべきは、「評価のための評価」にしないことです。評価の目的は「過去の採点」ではなく、「未来の成長につなげること」。評価面談の時間の半分以上を「次の半期の目標と成長計画」に使うようにすると、評価に対する社員の受け止め方がポジティブになります。
制度④ 意思決定構造(レポートライン)
急成長期に最も混乱しやすいのが、意思決定の構造です。「誰が何を決めるのか」「相談すべき相手は誰か」「承認のフローはどうなっているか」——これが曖昧だと、意思決定のスピードが落ち、ベンチャーの最大の武器である「スピード」を失います。
レポートラインを明確にすることは、マネージャーの育成にもつながります。「あなたがこのチームの意思決定者です」と明確にされることで、マネージャーとしての自覚と責任が生まれます。
神戸のあるロボティクス系ベンチャー(従業員30名)では、組織図を作成し、各ポジションの「意思決定範囲」と「エスカレーション先」を明記したドキュメントを全社に共有しました。これにより、「誰に聞けばいいかわからない」という混乱が大幅に減り、意思決定のスピードが上がったと報告しています。
制度⑤ オンボーディング・プログラム
急成長期は月に何人もの新入社員が入ってきます。そのたびにアドホックなオンボーディングをしていては、品質にバラツキが出ますし、既存メンバーの負担も大きい。
入社後30日間のオンボーディング・プログラムを標準化することで、新入社員の立ち上がりが早くなり、既存メンバーの負担も軽減できます。特に、「会社のバリュー」「事業のビジョン」「チームの目標」を早期に伝えることが、カルチャーフィットの鍵になります。
関西のベンチャー企業が陥りやすい3つの落とし穴
急成長期の人事制度整備で、関西のベンチャー企業が特に陥りやすい落とし穴があります。
落とし穴① 「東京のベンチャーの真似」をしてしまう
東京の有名ベンチャーが導入している人事制度をそのまま持ち込もうとするケースがあります。しかし、東京と関西では、労働市場の状況、人材の流動性、企業文化の特性が異なります。
関西の人材は「長く働きたい」志向が東京より強い傾向があります。東京のベンチャーでは「2〜3年で転職するのが当たり前」という前提で制度を設計しているケースがありますが、関西では「この会社で長くキャリアを築きたい」と考える人材も多い。この違いを踏まえた制度設計が必要です。
落とし穴② 「制度を作ること」がゴールになってしまう
制度を作ること自体に満足し、運用が疎かになるケースです。立派な評価シートを作ったのに、マネージャーが評価の仕方を理解していない。等級制度を導入したのに、昇格の判断基準が曖昧——こうした「制度は立派だが運用が伴わない」状態は、制度がない状態よりも悪い場合があります。なぜなら、「制度があるのに機能していない」ことへの不信感が生まれるからです。
制度を作ったら、必ず「運用マニュアル」と「マネージャー向けの研修」をセットで準備する。これが、制度を「絵に描いた餅」にしないための必須条件です。
落とし穴③ 「全部一度に変えよう」としてしまう
等級制度、報酬制度、評価制度、研修制度——すべてを一度に導入しようとする企業があります。しかし、急成長期の組織に大量の変化を同時に持ち込むと、混乱が増大します。
優先度の高い制度から順番に導入し、一つの制度が安定してから次の制度に取りかかる。このステップバイステップのアプローチが、ベンチャー企業には向いています。
大阪のあるマーケティングテック企業(従業員55名)では、最初の半期で等級制度と報酬制度を導入し、次の半期で評価制度を導入、さらに次の半期でマネージャー研修を実施——という段階的なアプローチを取りました。各段階で現場のフィードバックを収集し、次の段階に反映するサイクルを回すことで、「現場に受け入れられる制度」を構築できたと評価しています。
急成長を支える人事の「インフラ」としての制度
ベンチャー企業にとって、人事制度は「管理のためのルール」ではありません。事業の成長を支えるための「インフラ」です。
道路や電力がなければ工場は稼働できないように、人事制度がなければ組織は持続的に成長できません。しかし、「インフラ」だからこそ、事業の特性に合った設計が必要です。高速道路が必要な企業もあれば、山道に強い四輪駆動車が必要な企業もある。
関西のベンチャー企業には、関西ならではの強みがあります。ものづくりの伝統に裏打ちされた技術力、大阪商人の合理的な経営感覚、京都の職人的なこだわり、神戸の国際性——こうした地域の特性を活かした組織づくりが、関西のベンチャー企業の競争力になります。
人事制度は、その組織づくりを支える基盤です。事業の成長スピードに合わせて、必要な制度を必要なタイミングで整備する。複雑にしすぎず、でも「なぜこの制度があるのか」のロジックは明確にする。そして、制度を運用しながら改善し続ける。
急成長期の人事制度整備は、正解がない仕事です。しかし、「事業の成長を支えるために、今の組織に何が必要か」という問いに真摯に向き合い続ける限り、大きく道を外すことはないと考えています。
関西のベンチャー企業の成長と、そこで働く人たちの活躍を、人事の仕組みづくりの面から応援していきたいと思っています。
まとめ:急成長期の人事制度整備チェックリスト
最後に、急成長期のベンチャー企業が人事制度を整備する際のチェックリストを整理します。
- [ ] 「制度が必要なサイン」が出ているかどうかを確認する
- [ ] 等級制度をシンプルに設計する(3〜5段階)
- [ ] 各等級に報酬レンジを設定する(市場水準を意識)
- [ ] 評価制度は「成果」と「行動」の2軸でシンプルに
- [ ] 意思決定構造(レポートライン)を明確にする
- [ ] オンボーディング・プログラムを標準化する
- [ ] 制度は段階的に導入する(一度に全部やらない)
- [ ] 制度導入後の運用支援(マネージャー研修など)を忘れない
- [ ] 四半期ごとに制度の振り返りと改善を行う
- [ ] 制度は「β版」——変えることを前提に設計する
人事制度を整えることは、事業の成長を「持続可能」にするための投資です。関西のベンチャー企業が、自社に合った人事制度を構築し、さらなる成長を遂げていくことを願っています。
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結果を出した人を評価するのは当然なんですが、結果が同じでもどうやって結果を出したかは人によって全然違いますよね。そこを評価に反映したいんです