神戸のスタートアップに学ぶ、少人数組織の人事制度設計
評価・等級制度

神戸のスタートアップに学ぶ、少人数組織の人事制度設計

#1on1#採用#評価#組織開発#経営参画

神戸のスタートアップに学ぶ、少人数組織の人事制度設計

「10人の会社に人事制度なんか要りますか?」

神戸・三宮のコワーキングスペースで開かれたスタートアップ向けの勉強会で、ある創業者からそう聞かれました。正直な質問です。10人の会社に等級制度も評価シートも、大企業のような人事制度は確かに不要でしょう。しかし、「人事制度が要らない」と「人に関する仕組みが要らない」は、まったく別の話です。

神戸は今、関西のスタートアップ拠点として存在感を高めています。神戸市が推進するスタートアップ支援プログラム、医療産業都市としての集積、港町ならではの国際性——こうした環境の中で、新しいビジネスを立ち上げる企業が増えています。しかし、その多くが「事業の立ち上げ」に集中するあまり、「人の仕組みづくり」を後回しにしています。

私はこれまで500社以上の企業で人事に関わってきましたが、「人事制度を後から整えようとして苦労する」パターンを何度も見てきました。少人数のうちに最低限の仕組みを作っておくことが、組織の成長段階で大きな差を生みます。

この記事では、神戸のスタートアップを中心に、少人数組織における人事制度設計の考え方を一緒に考えてみたいと思います。


なぜ少人数組織に人事制度が必要なのか

「うちはまだ5人だから」「社長が全員を見ているから」——少人数組織では、人事制度の必要性が感じにくいものです。全員の顔が見え、毎日コミュニケーションが取れる環境では、制度がなくても「なんとかなっている」ように感じます。

しかし、「なんとかなっている」と「うまくいっている」は違います。

少人数組織で人事制度が必要になる理由は、大きく3つあります。

理由① 「暗黙の了解」はスケールしない

5人の組織では、給与の決め方も、役割分担も、評価の基準も、「なんとなくの了解」で回っていることが多い。しかし、組織が10人、20人と成長するにつれて、「なんとなく」は通用しなくなります。「なぜあの人の方が給与が高いのか」「自分の評価基準は何なのか」——こうした疑問が出始めたとき、答えられる仕組みがないと、不信感が急速に広がります。

理由② 採用時に説明できない

事業が成長し、人を採用しようとしたとき、候補者から「評価制度はどうなっていますか」「昇給の基準は」と聞かれます。「まだ決まっていません」では、優秀な候補者は不安を感じます。特に、大企業やメガベンチャーからスタートアップに転職を検討している人材にとって、「制度が整っていない」ことは大きなリスク要因です。

理由③ 経営判断の精度が下がる

人件費は多くのスタートアップにとって最大のコスト項目です。誰にいくら払い、その投資に対してどんなリターンが得られているか——この判断を「感覚」で行っていると、限られた資金を効率的に使えません。

神戸のあるヘルステック系スタートアップ(従業員7名)では、創業3年目に「人件費の配分が適切かどうかわからない」という相談を受けました。分析してみると、最も事業インパクトの大きいエンジニアの報酬が相対的に低く、管理部門の報酬が市場水準より高くなっていました。「創業時の約束」や「前職の年収」をベースに決めた給与が、事業の実態とズレていた。こうしたことは、報酬の基準がないと起きやすいのです。


少人数組織の人事制度設計——5つの基本要素

では、少人数組織にはどんな人事制度が必要なのか。大企業のような複雑な制度は不要です。以下の5つの基本要素を、シンプルに整備することを勧めています。

1. 役割の明確化(ジョブディスクリプション)

全員が「何でもやる」のがスタートアップの良さですが、主たる責任範囲を明確にしておくことは重要です。「誰が何に責任を持っているか」が曖昧だと、重要なタスクが抜け落ちたり、逆に同じ仕事を複数人がやっていたりする無駄が生まれます。

ただし、大企業のような詳細な職務記述書は不要です。「この人の主な責任は○○。副次的に○○も担当」——この程度の整理で十分です。重要なのは、全員が互いの責任範囲を理解していること。

2. 報酬の考え方(給与テーブルの原型)

5人の会社に精緻な給与テーブルは不要ですが、「給与をどう決めるか」のロジックは必要です。市場水準をベースにするのか、業績連動にするのか、ストックオプションとの組み合わせで考えるのか——この基本的な考え方を整理しておくことで、次の採用時に一貫性のある報酬提示ができます。

神戸のあるフードテック系スタートアップ(従業員9名)では、職種ごとの市場報酬水準を調査し、「市場水準の80%を基本給、残りをインセンティブとストックオプションで補う」というシンプルなロジックを設定しました。これにより、「なぜこの給与なのか」を候補者に論理的に説明できるようになりました。

3. 期待の伝え方(評価の代わりに)

少人数組織に精緻な評価制度は不要ですが、「何を期待しているか」を明確に伝える仕組みは必要です。

四半期に一度、創業者と各メンバーが30分の1on1を行い、「この四半期に最も注力してほしいこと」「達成できたこと」「次の四半期の方向性」を話す——このシンプルな対話の仕組みが、大企業の評価制度が果たすべき役割の大部分をカバーします。

4. 入社時のオンボーディング

少人数組織では、「入ったらすぐ馴染むだろう」と思われがちですが、実はスタートアップのオンボーディングは難易度が高い。業務の範囲が広く、ドキュメントが整備されておらず、「聞けばわかる」が基本の環境は、新入社員にとって心理的なハードルが高いのです。

最低限、入社初日のスケジュール、最初の1週間でやること、1ヶ月目の目標——この3つを文書化しておくだけで、オンボーディングの質は大きく変わります。

5. 退職時のルール

少人数組織で一人が辞めることのインパクトは甚大です。引き継ぎのルール、退職予告期間、知的財産の取り扱い——こうした基本事項を就業規則に明記しておくことは、リスク管理として不可欠です。


神戸のスタートアップに見る実践例

神戸のスタートアップエコシステムには、少人数組織ながら人事の仕組みづくりに積極的に取り組んでいる企業があります。いくつかの事例を紹介します。

事例①:ポートアイランドの医療系スタートアップ

神戸医療産業都市に拠点を置くこの企業(従業員11名)は、創業2年目の時点で「等級制度」ではなく「ロールベースの報酬体系」を導入しました。

具体的には、「テックリード」「プロダクトマネージャー」「ビジネスデベロップメント」「オペレーション」の4つのロールを定義し、各ロールの報酬レンジを市場データをもとに設定。個人の報酬は、ロールのレンジ内で、スキルレベルと貢献度に応じて決定するシンプルな仕組みです。

この制度の効果は、採用時に現れました。「うちではこのロールにこのレンジで報酬を出しています」と明確に説明できることで、候補者からの信頼度が上がり、内定承諾率が改善しました。

事例②:三宮のSaaS系スタートアップ

この企業(従業員15名)では、月に一度の「全員レトロスペクティブ」を実施しています。開発チームのスプリントレトロスペクティブの考え方を組織全体に適用したもので、「今月うまくいったこと」「うまくいかなかったこと」「来月試すこと」を全員で話し合います。

これは「評価」の仕組みではありませんが、「組織として何を大切にしているか」「個人の貢献がどう評価されているか」を全員が共有する場になっており、実質的に評価制度の役割を果たしています。

事例③:新長田のソーシャルビジネス系スタートアップ

この企業(従業員8名)では、創業当初から「バリュー(行動指針)」を3つ定め、採用・評価・日常のフィードバックのすべてをこのバリューに紐づけています。

「バリューに沿った行動ができているか」が評価の軸になるため、全員が「何を大切にする組織なのか」を理解しやすい。新しいメンバーが入った際も、バリューを起点にオンボーディングを行うことで、組織文化の浸透がスムーズに進みます。


スタートアップの成長段階と人事制度の進化

少人数組織の人事制度は、組織の成長に合わせて進化させる必要があります。ここでは、組織規模に応じた制度のステージを整理します。

ステージ1:創業〜5名

このフェーズでは、制度よりも「対話」が重要。創業者が全員と直接コミュニケーションを取り、期待と成果を共有する。必要なのは、就業規則の最低限の整備と、報酬の基本的な考え方の統一。

ステージ2:5〜15名

「創業者だけでは全員を見きれなくなる」転換点です。ロールの定義、報酬レンジの設定、四半期ごとの1on1の仕組みが必要になります。このフェーズで「制度の土台」を作っておくと、次の成長段階への移行がスムーズです。

ステージ3:15〜30名

マネジメント層が必要になるフェーズ。等級制度、評価制度、昇格基準の整備が求められます。ただし、「大企業の制度をそのまま導入する」のではなく、自社の事業特性と組織文化に合った形にカスタマイズすることが重要です。

ステージ4:30名〜

人事の専任担当者が必要になるフェーズ。制度の運用と改善を継続的に行う体制が必要です。


よくある失敗パターン

少人数組織の人事制度設計で、よく見られる失敗パターンを整理します。

「大企業の制度をコピーする」

成長後を見据えて、いきなり大企業並みの精緻な制度を導入するケース。制度が重すぎて運用コストが高く、かえって組織の機動性を損なってしまう。少人数組織には、少人数組織にふさわしいシンプルな仕組みが必要です。

「制度づくりを後回しにし続ける」

「事業が軌道に乗ったら考える」と先延ばしにし続け、組織が20人、30人になってから慌てて制度を整えようとするケース。この段階では、すでに「暗黙の了解」が複雑に絡み合っており、制度化のハードルが格段に上がっています。

「報酬をすべて個別交渉で決める」

個人ごとに報酬を交渉して決め、社内に一貫性がないケース。メンバー同士が給与を知ったとき(スタートアップでは起きやすい)に、「なぜあの人より低いのか」という不満が噴出する。報酬の「ロジック」がないことが原因です。

「創業者の感覚」に依存し続ける

創業者が全員を見て、感覚的に評価・報酬を決めるパターン。創業者の判断力が高ければ成立しますが、属人的であることに変わりはありません。創業者が不在の際に判断基準がなくなる、あるいは創業者のバイアスが組織に悪影響を与えるリスクがあります。


経営数字から考える人事制度への投資

スタートアップにとって、人事制度の整備は「コスト」に見えるかもしれません。しかし、経営数字で考えると、その投資対効果は明確です。

少人数組織で一人が離職した場合のインパクトを考えてみましょう。10人の組織で一人が辞めれば、組織の10%の力が一気に失われます。その人が担当していた業務の引き継ぎコスト、後任の採用コスト、新しい人が戦力化するまでの期間——これらを合算すると、一人の離職コストはスタートアップにとって致命的な金額になることがあります。

人事制度の整備によって離職リスクを下げ、採用の成功率を上げることは、限られた資金を効率的に使うための合理的な投資です。特に、ベンチャーキャピタルからの調達資金を人件費に充てているスタートアップにとって、「人への投資の効率」は投資家への説明責任にも直結します。


神戸のスタートアップエコシステムを人事から支える

神戸は、関西のスタートアップエコシステムの中で独自のポジションを築きつつあります。医療産業都市としての集積、国際港湾都市としてのインフラ、大阪・京都へのアクセスの良さ——こうした環境的優位性に加え、神戸市のスタートアップ支援施策も充実しています。

しかし、事業の成長と組織の成長は、必ずしも同時に進むわけではありません。事業が急成長しているのに、組織の仕組みが追いついていない——そんなスタートアップは少なくありません。

「人の仕組みづくり」は地味で、すぐに目に見える成果が出るものではありません。しかし、この仕組みが組織の土台となり、事業の成長を支えるのです。

少人数のうちに、シンプルでもいいから「人に関する基本的な約束事」を整えておく。その一歩を踏み出すことが、神戸のスタートアップの成長を加速させる力になると、私は信じています。


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