大阪の製造業が多能工化を進めるための人材育成
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大阪の製造業が多能工化を進めるための人材育成

#採用#評価#組織開発#経営参画#キャリア

大阪の製造業が多能工化を進めるための人材育成

「一人が休んだら、ラインが止まるんです。属人化がひどくて、怖いぐらいです」

大阪・東大阪のある金属プレス加工会社の工場長が、険しい表情でそう話してくれました。従業員35名の小さな工場。10の工程があるが、各工程を担当できるのは基本的に一人だけ。その一人が有給を取れば工程が止まり、急な病欠があれば納期に影響する。ベテラン社員が退職すれば、その工程のノウハウごと失われる。

「一人一工程」の属人的な生産体制——これは、大阪の中小製造業に共通する構造的な課題です。

大阪は日本を代表する製造業の集積地です。東大阪の金属加工、堺の化学・金属産業、門真・守口の電子機器、八尾の樹脂加工——大阪の製造業は、高い技術力と柔軟な対応力で日本のものづくりを支えてきました。しかし、多くの工場が「属人化」のリスクを抱えています。

多能工化——つまり、一人の作業者が複数の工程を担当できる状態にすること——は、この属人化のリスクを解消し、生産の柔軟性を高めるための有効なアプローチです。

しかし、「多能工化が必要だ」とわかっていても、「どうやって進めればいいか」がわからないという声を多く聞きます。

私はこれまで500社以上の企業で人事に関わってきましたが、多能工化は「技術の問題」だけでなく「人の問題」であると感じています。技術を教える仕組み、学ぶ動機づけ、成長の評価——こうした「人材育成の設計」が、多能工化の成否を決めます。

この記事では、大阪の製造業が多能工化を進めるための人材育成について、一緒に考えてみたいと思います。


多能工化が進まない4つの壁

まず、多能工化が進まない原因を構造的に整理します。

壁① 「教える時間がない」

中小製造業の現場は、日々の生産に追われています。教育のために生産を止めるわけにはいかない。「教える時間がない」は最も多く聞く理由ですが、実は「教える優先度が低い」というのが本質です。目の前の生産を優先し、教育を後回しにし続けた結果が、属人化の深刻化です。

壁② 「教え方がわからない」

長年一つの工程を担当してきたベテランは、その工程のエキスパートですが、「教える」ことのプロではありません。自分が無意識にやっていることを言葉にして、体系的に伝える——これは別のスキルです。「見て覚えろ」「感覚でやっている」——こうしたベテランの姿勢が、技能伝承のボトルネックになっています。

壁③ 「学ぶ動機がない」

作業者にとって、新しい工程を覚えることは負担です。今の工程をこなすだけでも大変なのに、さらに別の工程まで覚えなければならない。しかも、新しい工程を覚えても給与が上がるわけではない——こうした状況では、作業者に多能工化への動機は生まれません。

大阪・八尾のある樹脂加工メーカー(従業員25名)では、多能工化を進めようとしたところ、ベテラン作業者から「なんで自分の工程だけでなく、他人の工程まで覚えなあかんの?」と反発がありました。「覚えたら何かいいことがあるのか」——この問いに、会社は明確な答えを持っていませんでした。

壁④ 「品質への不安」

ベテランが長年培った技能を、短期間で他の人に移転すると、品質が低下するのではないか。この不安が、多能工化に対する抵抗感を生んでいます。特に、精密加工や品質基準が厳しい製品を扱う工場では、この懸念は無視できません。


多能工化を進める「5つのステップ」

これらの壁を乗り越えて多能工化を進めるための、実践的な5つのステップを紹介します。

ステップ① 「スキルマップ」を作成する

まず、現状を可視化します。「誰が、どの工程を、どのレベルでできるか」を一覧表にまとめた「スキルマップ」を作成します。

横軸に工程(あるいは作業項目)、縦軸に作業者の名前を並べ、各セルに習熟度を記入します。習熟度は4段階程度が実用的です。

  • レベル1:見学・補助レベル(指導者のもとで補助ができる)
  • レベル2:基本操作レベル(標準的な作業を一人でできる)
  • レベル3:応用・対応レベル(イレギュラーへの対応ができる)
  • レベル4:指導レベル(他の人に教えることができる)

スキルマップを作ると、「この工程はAさんしかレベル4がいない」「この工程は全員がレベル1以下」というリスクが一目でわかります。

東大阪のある金型メーカー(従業員40名)では、全20工程×全作業者のスキルマップを壁に掲示しています。各作業者のスキルレベルが色分けで表示され、「赤(担当者が一人しかいない工程)」が一目でわかる。この「見える化」が、多能工化の優先度の判断に役立っています。

ステップ② 「優先工程」を決める

すべての工程を同時に多能工化する必要はありません。リスクの高い工程から優先的に取り組みます。

優先度の判断基準は以下の3つです。

  • 属人度の高さ:その工程を担当できる人が1〜2名しかいない
  • 業務への影響度:その工程が止まると、後工程全体に影響が出る
  • 担当者の年齢:担当者が定年に近い場合、退職前の技能移転が急務

大阪・堺のある化学メーカー(従業員50名)では、スキルマップを作成した結果、「品質検査工程」が最もリスクが高いことが判明しました。検査を担当できるのは58歳のベテラン1名だけ。この方が退職すれば、全製品の品質保証ができなくなる。この危機感が、多能工化の最優先事項として検査工程の技能移転に取り組むきっかけになりました。

ステップ③ 「教え方」を体系化する

「見て覚えろ」では、多能工化は進みません。各工程の作業内容を「標準作業手順書」として文書化し、教える順序と方法を体系化します。

標準作業手順書の作り方のポイント:

  • ベテラン作業者の作業を動画で撮影する
  • 動画を見ながら、ベテランに「なぜそうするか」「何に注意するか」を聞き取る
  • 手順を「ステップ1→ステップ2→ステップ3」と分解し、各ステップの「ポイント」と「注意点」を記載する
  • 写真や図を多用し、文字だけに頼らない
  • 「よくある失敗」とその対処法も記載する

大阪のある食品機械メーカー(従業員30名)では、全工程の作業手順をiPadで撮影した動画と、A3一枚の手順書の組み合わせで体系化しました。「文字で読むより、動画で見る方がわかりやすい」という若手の声を受けて、動画中心の教材を採用。この取り組みで、新しい工程を習得するまでの期間が、従来の半分に短縮されたそうです。

ステップ④ 「学ぶ動機」を設計する

多能工化に取り組む作業者のモチベーションを高めるための仕組みが必要です。

金銭的なインセンティブ:新しい工程を習得するたびに、スキル手当が加算される仕組み。例えば、1工程のレベル3を取得するごとに月額3,000円〜5,000円の手当を支給する。

非金銭的な動機づけ:スキルマップの更新を全員に公開し、「成長の見える化」を行う。新しいスキルを習得したことが周囲に認知される仕組みは、承認欲求を満たし、次の学習への動機になります。

キャリアパスとの連動:多能工としてのスキルレベルを、等級制度や昇進の基準に組み込む。「多くの工程ができる人が、より高い等級に上がれる」という仕組みがあれば、学ぶことの意味が明確になります。

堺のある金属加工会社(従業員45名)では、スキルマップの各工程のレベル3以上を「認定スキル」とし、認定スキルの数に応じたスキル手当を支給しています。認定スキルが3つで月額5,000円、5つで10,000円、8つ以上で20,000円。この仕組みにより、自発的に新しい工程を学ぶ作業者が増え、3年間で多能工率(2工程以上担当できる作業者の割合)が30%から75%に向上しました。

ステップ⑤ 「ローテーション」を仕組み化する

多能工化は、一度教えて終わりではありません。学んだスキルを維持・向上させるためには、定期的にローテーション(配置転換)を行う必要があります。

月に一度、あるいは四半期に一度、担当工程をシャッフルする。これにより、一度学んだスキルが「錆びる」ことを防ぎ、同時に異なる工程の改善アイデアが生まれる効果もあります。

東大阪のある部品メーカー(従業員55名)では、毎月第一月曜日を「ローテーションデー」と定め、全作業者が通常と異なる工程を担当します。最初は生産効率が落ちましたが、3ヶ月目からはスムーズに回るようになり、「自分の工程のやり方を、他の工程にも応用できた」という改善提案が増えたそうです。


多能工化の「品質リスク」をどう管理するか

多能工化に伴う品質リスクは、適切な管理で最小化できます。

リスク管理① 段階的な権限移譲

新しい工程を学んだ作業者に、いきなり一人で全責任を持たせない。最初は「指導者のもとでの作業」→「指導者の確認付きでの独立作業」→「完全な独立作業」と段階を踏む。

リスク管理② チェックリストの活用

各工程の「品質チェックポイント」をリスト化し、作業者が自己チェックできる仕組みを作る。経験が浅い作業者でも、チェックリストに従えば一定の品質を維持できます。

リスク管理③ 定期的なスキルチェック

半年に一度、各作業者のスキルレベルを再確認するテストを実施します。「本当にレベル3の力があるか」を客観的に確認し、必要に応じて追加教育を行う。


大阪の製造業の強みを活かした多能工化

「現場力」の伝統

大阪の製造業には、「現場が考え、現場が改善する」という文化があります。この「現場力」は、多能工化においても大きな強みです。作業者自身が「どうすれば効率よく複数の工程を担当できるか」を考え、改善提案する——このボトムアップの力が、多能工化をさらに推進します。

「面倒見の良さ」を教育に活かす

大阪の製造現場には、後輩の面倒を見る文化が根づいている企業が多い。この「面倒見の良さ」を、多能工化の教育プログラムに組み込むことで、自然な技能伝承が実現できます。


多能工化は「経営のリスクヘッジ」

多能工化は、「社員のスキルアップ」という側面もありますが、本質的には「経営のリスクヘッジ」です。

属人化のリスクを数字で示してみましょう。ある工程の担当者が1名だけの場合、その人が急病で1週間休んだときの損失はどのくらいか。仮に、その工程が止まることで日額100万円の売上が失われるとすれば、1週間で500万円の損失です。多能工化に年間100万円を投資しても、そのリターンは明らかです。

また、多能工化は生産の柔軟性を高めます。繁忙期と閑散期の人員配置の最適化、急な受注変動への対応、新製品への迅速な生産体制の構築——こうした「柔軟性」は、競争力の源泉です。

大阪の製造業が、多能工化を通じて生産体制の柔軟性とレジリエンスを高め、変化に強い組織を作っていくこと。その実現に向けて、人事の立場から一緒に考え続けたいと思います。


まとめ:多能工化推進チェックリスト

  • [ ] 全工程×全作業者のスキルマップを作成しているか
  • [ ] 属人化リスクの高い工程を特定しているか
  • [ ] 各工程の標準作業手順書を作成しているか(動画含む)
  • [ ] ベテランの「暗黙知」を言語化・記録しているか
  • [ ] 多能工化のインセンティブ(スキル手当など)を設計しているか
  • [ ] スキルレベルをキャリアパスや等級制度と連動させているか
  • [ ] 定期的なローテーションの仕組みがあるか
  • [ ] 品質リスクの管理(段階的権限移譲、チェックリスト)が整備されているか
  • [ ] 多能工化の進捗を定期的にモニタリングしているか
  • [ ] 多能工化の経営的な効果を数字で把握しているか
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