京都の大学発ベンチャーが研究者を「組織人」に育てる方法
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京都の大学発ベンチャーが研究者を「組織人」に育てる方法

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京都の大学発ベンチャーが研究者を「組織人」に育てる方法

「論文は書けるんですけど、チームで働くのが苦手なんです」

京都大学の近く、左京区のオフィスで、あるバイオ系大学発ベンチャーのCEOがそう話してくれました。創業メンバーの多くが元研究者。各自の専門性は極めて高い。しかし、事業を成長させるためには、研究の成果を製品に変え、顧客に届け、組織として回していく必要がある。そこで求められるのは、研究者としての能力とは異なる「組織人」としての力です。

京都は、日本有数の大学発ベンチャーの集積地です。京都大学、同志社大学、立命館大学、京都工芸繊維大学——こうした大学から生まれた研究成果をもとにしたベンチャー企業が、桂イノベーションパーク、京大周辺の吉田・左京区エリア、けいはんな学研都市などに集まっています。iPS細胞関連、半導体材料、AI、量子コンピューティング——最先端の技術を事業化する企業が次々と生まれています。

しかし、こうした大学発ベンチャーの多くが、共通の課題を抱えています。「研究者を組織人に育てる」という課題です。

私はこれまで500社以上の企業で人事に関わってきましたが、大学発ベンチャーの人事課題は、一般的な企業の人事課題とは質が異なります。研究者特有のマインドセット、アカデミアの文化、専門性への強いこだわり——こうした特性を理解した上で、「組織」として機能する仕組みを作る必要があるのです。

この記事では、京都の大学発ベンチャーが研究者を「組織人」に育てるための考え方と実践について、一緒に考えてみたいと思います。


研究者が「組織人」になることが難しい3つの理由

まず、なぜ研究者が「組織人」として機能することが難しいのかを整理します。これは研究者の能力が低いということでは決してありません。むしろ、アカデミアと企業では「求められる行動様式」が根本的に異なるのです。

理由① 「個人の成果」から「チームの成果」への転換が難しい

研究の世界では、基本的に「個人の業績」が評価されます。ファーストオーサーの論文、学会での発表、個人の専門性の深さ——これが研究者のキャリアを決めます。

しかし、企業では「チームとしての成果」が求められます。自分の研究が進んでいても、プロダクトがリリースできなければ意味がない。自分の専門領域が深くても、他の専門領域との連携ができなければ、事業は前に進みません。

京都大学発のあるAI系ベンチャー(従業員25名)では、入社した研究者が「自分の研究テーマ」にこだわるあまり、事業として優先度の高い開発課題に取り組まないという問題が起きていました。研究者にとっては「自分の専門性を深める」ことが自然な行動ですが、事業にとっては「市場のニーズに応える」ことが優先です。この間のギャップを埋めるのが、マネジメントの仕事です。

理由② 「曖昧さ」への耐性が低い

研究は、仮説を立て、実験し、検証するという明確なプロセスがあります。結論は論理的に導かれる。しかし、事業運営には「曖昧さ」がつきものです。顧客のニーズは曖昧、市場の動向は不確実、経営判断にはトレードオフが伴う。

研究者の中には、この「曖昧さ」に強いストレスを感じる人がいます。「データが不十分なのに意思決定するのか」「論理的に最適な選択肢があるのに、なぜそれを選ばないのか」——こうした不満は、アカデミアの文化で育った人にとっては自然な反応ですが、事業運営においては「不完全な情報のもとで意思決定する能力」が不可欠です。

理由③ 「コミュニケーションスタイル」の違い

研究者のコミュニケーションは、正確性と論理性を重視します。曖昧な表現を避け、根拠を明示し、厳密に議論する。これは研究においては美徳ですが、ビジネスのコミュニケーションでは必ずしも最適ではありません。

顧客への提案、経営陣への報告、チームメンバーへのフィードバック——こうした場面では、「正確さ」よりも「わかりやすさ」「共感」「スピード」が求められることがあります。研究者が「正確に伝えよう」とするあまり、相手に伝わらない——こうしたコミュニケーションのミスマッチが、組織の中で摩擦を生むことがあります。


研究者を「組織人」に育てる5つのアプローチ

では、研究者を「組織人」に育てるにはどうすればよいか。ここで重要なのは、「研究者の強みを否定しない」ことです。研究者が持つ論理的思考力、専門知識、粘り強さは、事業にとって極めて貴重な資産です。これらの強みを活かしながら、「組織で成果を出すための行動」を身につけてもらうのがゴールです。

アプローチ① 「ミッション」と「研究テーマ」を接続する

研究者がモチベーションを持つのは、「自分の研究が社会に役立つ」と実感できるときです。企業のミッションと個人の研究テーマがつながっていれば、研究者は高いモチベーションで仕事に取り組みます。

京都・桂にあるあるマテリアル系ベンチャー(従業員18名)では、四半期ごとに「事業ロードマップと研究テーマのすり合わせ」を行っています。各研究者が取り組んでいるテーマが、事業のどのフェーズに貢献するのかを可視化し、「あなたの研究は、この製品のこの部分に使われ、この市場で価値を生む」と具体的に示す。この「接続」が、研究者の「組織人」としての自覚を育てます。

アプローチ② 「ビジネスの言語」を教える

研究者にビジネスの基本的な概念と言語を教えることは、組織人への転換を促す効果的な方法です。

売上、利益、粗利率、顧客獲得コスト、LTV(顧客生涯価値)——こうしたビジネスの基本指標を理解することで、「自分の仕事が事業にどう貢献しているか」を数値で把握できるようになります。

けいはんな学研都市のあるロボティクス系ベンチャー(従業員30名)では、研究者向けに月1回の「ビジネス勉強会」を開催しています。CFOが講師を務め、「今月の損益計算書の読み方」「うちの製品の原価構造」「競合との価格比較」といった実践的な内容を解説。この勉強会を始めてから、研究者からの「コスト削減のアイデア」や「顧客ニーズに基づいた製品改善の提案」が増えたそうです。

アプローチ③ 「クロスファンクショナルな経験」を積ませる

研究者は自分の専門領域に閉じこもりがちです。営業、マーケティング、カスタマーサポート——こうした他部門の仕事を体験する機会を設けることで、「組織全体で価値を生み出す」という感覚が養われます。

「研究者を営業に出す」ことに抵抗を感じる企業もありますが、研究者が顧客と直接会話することで得られる気づきは非常に大きい。「自分の技術が顧客のどんな課題を解決しているのか」「顧客が本当に求めているのは何か」——こうした「現場の声」は、研究者のモチベーションと方向性に大きな影響を与えます。

京都大学発のあるセンサー技術企業(従業員22名)では、半年に一度、研究者が営業担当者に同行して顧客を訪問する「フィールドデー」を実施しています。研究者が顧客から直接「この技術のおかげで作業効率が3倍になった」と言われた経験が、その後の研究開発のモチベーションを大きく高めた事例があります。

アプローチ④ 「マネジメント」への段階的なステップを設計する

すべての研究者がマネージャーになる必要はありません。しかし、組織が成長する中で、研究チームのリーダーやプロジェクトマネージャーを担える人材が必要になります。

いきなり「マネージャーになってくれ」と言っても、研究者は戸惑います。「後輩の指導役」→「小さなプロジェクトのリード」→「チームのマネジメント」と段階的にステップアップできる道筋を設計することが重要です。

同志社大学発のあるソフトウェア企業(従業員35名)では、「テクニカルリード」と「ピープルマネージャー」の2つのキャリアパスを設けています。技術に特化したい人は「テクニカルリード」として専門性を深め、組織運営に関心がある人は「ピープルマネージャー」として人のマネジメントに挑戦できる。この「選択肢」があることで、研究者が自分の志向に合ったキャリアを描けるようになりました。

アプローチ⑤ 「心理的安全性」を担保する文化を作る

研究者が「組織人」として行動を変えるためには、「失敗しても大丈夫」という心理的安全性が不可欠です。ビジネスのコミュニケーションがうまくいかない、顧客対応で失敗する、マネジメントで壁にぶつかる——こうした「新しい挑戦での失敗」を許容する文化がなければ、研究者は「自分の得意な研究だけやっていよう」と殻に閉じこもってしまいます。

京都・四条河原町の近くにあるフードテック系ベンチャー(従業員20名)では、「チャレンジレビュー」という月例のイベントを開催しています。各メンバーが「今月挑戦したこと」と「そこから学んだこと」を共有する場です。研究者がビジネスの場面で失敗したエピソードも、「学びの共有」として前向きに受け止められる文化が、組織全体の成長を支えています。


京都の大学発ベンチャーならではの「強み」を活かす

京都の大学発ベンチャーには、他の地域にはない独自の強みがあります。この強みを活かした組織づくりが、競争力の源泉になります。

強み① 大学との近さ

京都の大学発ベンチャーの多くは、大学のキャンパスに近い場所にオフィスを構えています。この「大学との近さ」は、人材面でも大きな強みです。大学院生のインターン受け入れ、共同研究プロジェクト、教授ネットワークを通じた人材紹介——こうした大学との連携を組織的に行うことで、研究者人材のパイプラインを構築できます。

強み② 京都の「知的コミュニティ」

京都には、大学発ベンチャーの経営者同士が交流するコミュニティが複数存在します。京都リサーチパーク、京大起業クラブ、各大学のインキュベーション施設——こうしたコミュニティでの情報交換は、「他社はどうやって研究者を育てているか」を学ぶ貴重な機会になります。

強み③ 京都の「文化」

京都という街の文化は、研究者にとって魅力的な環境です。歴史と伝統、知的な雰囲気、自然の豊かさ——こうした環境は、研究者の採用において大きなアドバンテージになります。「京都で働ける」ということ自体が、特に海外の研究者にとっては強力な引力です。


「研究と事業」のバランスをどう取るか

大学発ベンチャーの経営において、最も難しいのは「研究と事業のバランス」です。研究に投資しすぎれば資金が枯渇し、事業に偏りすぎれば技術的な競争力が低下する。

この問題に対する「正解」はありません。しかし、いくつかの原則は共有できます。

まず、「研究は事業の燃料である」という認識を全員が持つこと。研究なくしてイノベーションはなく、イノベーションなくして事業の持続的成長はない。研究を「コスト」ではなく「投資」として捉え、事業計画の中に研究投資を明確に位置づける。

次に、「研究のテーマ選定に事業の視点を入れる」こと。研究者が自由にテーマを選ぶのはアカデミアの美徳ですが、企業においては事業戦略との整合性が必要です。ただし、「事業に直結しない研究は一切やらない」では、長期的なイノベーションの種を摘んでしまう。「ポートフォリオ」の考え方で、短期的に事業に貢献する研究と、長期的な種まきとしての研究のバランスを取ることが重要です。

京都・伏見のあるエネルギー系ベンチャー(従業員28名)では、研究リソースの70%を「事業直結テーマ」に、20%を「3年後の事業に向けたテーマ」に、10%を「自由研究」に配分するルールを設けています。この「70-20-10」のバランスが、短期の事業成果と長期のイノベーションを両立させるための工夫です。


研究者の「多様性」を組織の強みにする

大学発ベンチャーには、さまざまなバックグラウンドの研究者が集まります。出身大学、専門分野、国籍、年齢——この多様性は、組織にとって大きな強みになり得ます。

しかし、多様性が自然に強みになるわけではありません。異なるバックグラウンドの人材が、共通の目標に向かって協働する「仕組み」が必要です。

ミッションの共有、行動指針(バリュー)の明確化、定期的なチーム間交流——こうした仕組みを通じて、「多様な個人」を「一つのチーム」にまとめていく。これが、大学発ベンチャーの人事の最も重要な仕事の一つです。

研究者を「組織人」に育てることは、研究者の個性を殺すことではありません。研究者の強みを活かしながら、組織としてのパフォーマンスを最大化する——そのバランスを見つけることが、京都の大学発ベンチャーの持続的な成長につながると考えています。


まとめ

京都の大学発ベンチャーが研究者を「組織人」に育てるためのポイントを整理します。

  • 研究者の「強み」を否定しない。論理的思考力、専門知識、粘り強さは事業の貴重な資産
  • ミッションと研究テーマを接続し、「自分の仕事が事業にどう貢献するか」を実感させる
  • ビジネスの基本的な言語と概念を教える機会を設ける
  • 他部門との交流を通じて「組織全体で価値を生む」感覚を養う
  • マネジメントへの段階的なステップを設計する(テクニカルリードとのデュアルパス)
  • 心理的安全性を担保し、「新しい挑戦での失敗」を許容する文化を作る
  • 研究と事業のバランスを「ポートフォリオ」の考え方で管理する

研究の力を事業の力に変える。それは一人ひとりの研究者を「組織人」として育てることから始まります。京都の大学発ベンチャーが、世界に誇れるイノベーション企業に育っていくことを応援しています。

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